Japanische Gesellschaft für Germanistik
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葛西敬之(東京大学大学院博士課程)
2017年3月12日から17日の6日間にわたり、第59回ドイツ文化ゼミナールがリゾートホテル蓼科にて行われた。この通称「蓼科ゼミ」に筆者も参加したので、報告、というと堅いような気がするが、今回参加されなかった方、今後参加を考えている方に、今回の蓼科ゼミがどのようなものであったか少しお伝えできるようなものを、書きたいと思う。今後の参加のきっかけになることがもしあれば、望外の極みである。

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藤田恭子(東北大学)
 昨年8月末から約1週間、ハレ大学オリエント研究所(Martin-Luther-Universität Halle-Wittenberg, Orientalisches Institut)のクノスト博士(Dr. Stefan Konst)のご協力をいただき、シリア史を専門とする同僚の大河原知樹准教授とともに、ハレ市における難民の受入れ状況について調査を行った。そこで目にしたのは、難民の社会統合に向けて教育や行政の現場で進められている地道な努力であり、また各種の学校でドイツ語を学びながら将来を模索する難民、とくに若い世代の姿である。ドイツにおける難民受入れをめぐるメディア報道では、テロ事件、「ドイツのための選択肢 (AfD)」の支持拡大、「西洋のイスラーム化に反対する愛国的欧州者 (PEGIDA)」の反移民・反難民デモなどが取り上げられ目を引くことが多い。本稿では、それらとは様相を異にするドイツの一面について、ご報告したい。

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政治的演劇の現在 (M. Harigai) [J]

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文化コラム
  投稿日: 2017-4-19 23:34
針貝真理子 (慶應義塾大学非常勤講師)
 2017年2月。この時期立て続けにふたつ、ドイツに関連して舞台芸術と「政治」との関わりを主題とする催しがあった。この季節には毎年TPAM(国際舞台芸術ミーティング)という舞台芸術の見本市 (注1)が横浜で開かれており、ドイツ語圏からも例年少なからぬアーティストや舞台関係者が来日する。それに関連しての催しである。ひとつはImpulse Theaterfestivalという演劇祭のディレクターで、TPAMで来日したフロリアン・マルツァッハー氏を迎え、「政治的演劇」をキーワードに東京のゲーテ・インスティトゥートで開かれた討論会(注2)(2月11日)であり、もうひとつはTPAMの拠点であるBankART1929という会場へドイツ思想の専門家、三島憲一氏を招いて開かれたシンポジウム「(改めて)公共性とは何か? 〜公共圏の創造を目指して」(注3)(2月17日)である。この両者をあえて比較するならば、前者はドイツからの視点、後者は日本からの視点で「演劇の政治性」が追究された場であったと言えよう。従来そもそも舞台芸術は政治性とは切っても切れない関係にあるものだが、現在の私たちは世界のどこにいようともその関係を問わずにはいられない状況にあるという認識、そしてこの状況を打破する手がかりを公共の場としての舞台空間に見出そうとする試みとが、このふたつの催しには通底していた。だが、その試みのあり方には大きな差異が見られた。

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田中周一(昭和大学)
 かつて訪れた岩手県の名所、浄土ヶ浜。その名のとおり、夕暮れに浮かび上がるその夢幻の姿は、極楽浄土を思わせるものでした。津波の被害で無残な姿となったその美しい海浜の岩山は、現在すでにその美しさを取り戻していると聞きます。(写真は浄土ヶ浜、筆者撮影。)

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ユダヤ音楽の現在を一瞥する (H. Kuroda) [J]

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文化コラム
  投稿日: 2017-2-15 18:12
黒田晴之(松山大学)
 きっと本会の多くの方はユダヤ人の音楽と言えば、メンデルスゾーンやマーラーあたりを思い起こされるだろうが、ここで扱うのは東欧ユダヤ人の音楽「クレズマー」である。ある研究によればドイツでは19世紀の終わりから、東欧ユダヤ人がしばしば文学や思想で取り上げられ、「本物のユダヤ人」として「創造」されたというから(注1)、かれらの姿にすでに馴染みのある方もいるだろう。あの黒いカフタンを着て髭もじゃというステレオタイプで描かれるユダヤ人である。この東欧ユダヤ人のあいだでは実に旺盛な音楽活動が営まれていた。こうした事実を朧気ながら知ったのは20年以上もまえで、Don Byronというミュージシャンが再現したMickey Katzの音楽によってである。Mickeyの音楽は正確に言うとアメリカのユダヤ人移民のそれで、東欧ユダヤ人のクレズマーと当時のヒット曲の継ぎ接ぎを、YiddishとEnglishのちゃんぽんYinglishで歌うという趣向だ。あからさまに笑いを持ち込むMickeyの芸に虜とはなったものの、この音楽にどのような背景があるのか手がかりはほとんどなかった。こうした状況に応える研究が2000年前後からぽつぽつ出始める。ささやかながら筆者も2011年にクレズマーをめぐる著書を出すことができた。ここではその著書刊行後の動きを思い付くままスケッチしてみたい(以下の文章では敬称を省略する)。ちなみに「クレズマー」(Klezmer)とは東欧ユダヤ人の楽士を意味したが、冷戦終結前後のワールド・ミュージックのブームによって、かれらの音楽一般を指すジャンル名としてすでに定着している。朝ドラ「あまちゃん」の音楽にも出てきたので、知らず知らずのうちに聴かれた方もいるだろう。

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磯崎 康太郎(福井大学)
ASLE-Japan/文学・環境学会という学会をご存じでしょうか。ASLE-Japan は the Association for the Study of Literature and Environment in Japan の略称で、「アズリージャパン」と読みます。会の設立から20余年、自然や環境の問題を文学の観点から考察すること、文学研究に自然や環境の問題を導入することに対して、積極的な役割を果たそうとする学会です(注1)。この学会の会員数は約200名、その過半数は英米文学の専門家ですが、ASLE-US(アメリカ)やASLE-UK(イギリス)といった海外の団体とも連携しており、毎年の全国大会の他に、国際大会も開かれています。近年は東アジアの結びつきも重要視されていて、ASLE-KoreaやASLE-Taiwanとの合同企画も開催されています。日本独文学会の会員でもある私から見れば、どうしてもドイツ文学系の学会と比較してしまうのですが、この学会には院生組織があることが興味深いです。ASLE-J院生組織は、現在のところ10名程度の構成員から成るようですが、役員リストにも「院生代表」なる役職があり、メーリングリストを使った読書会や、全国大会での研究発表等の積極的な活動が展開されています。その他、FacebookやTwitterといったSNSでの情報発信や、ニューズレターも年に二回発行されています。これらは、学会の活動報告や書誌情報、会員のエッセイ等の気軽に読める内容で構成されています。「学会」という「高い敷居」を下げる、あるいは「高い敷居」があるようには見せない工夫のなかで、大学院生や、場合によっては一般の方でも参加しやすい雰囲気が作られているように思われます。そもそも自然や環境というものは、われわれの生活そのものの形成要素でもあるので、文学・環境学会は、われわれの日常生活と文学を架橋してくれる学会と考えてもいいのかもしれません。年に一回の全国大会は、東京と地方都市との隔年開催ですが、毎回のようにフィールドトリップが企画され、地方開催の場合は、合宿形式での開催となることも多いようです。もっとも、この学会において英米文学の研究者が大半を占めることを、自分で勝手に「敷居」と思い込んでいた私は、先輩に誘われるままに入会した後、これまで実際に参加したことはなかったのですが、福井大会の開催は良い契機となりました。

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寺本まり子 (武蔵野音楽大学)
 ドイツの音楽の研究というと、独文学会の方ならばバッハやベートーヴェン、あるいはヴァーグナーの音楽を思い浮かべられるかもしれない。音楽学では、半世紀以上にわたって活動を続けている、中世ルネサンス音楽研究会とバロック音楽研究会という2つの研究会がある。これらの研究会は世界的に見ても1970年代から80年代にかけて華々しい成果を上げたルネサンス音楽の演奏と研究、1960年代から着々と成果を上げつつあったバロック音楽の演奏と研究と密接に関連している。後者のバロック音楽研究会は、研究対象がドイツ・バロックであるばかりではなく、設立以来多くの研究者がドイツで音楽学を学び、そして研究を進めてきた。私自身はルネサンスから初期バロック、そして時代は飛ぶが、初期ロマン派の音楽を研究している。

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辻 朋季 (明治大学)
(執筆に先立ち、9月下旬の台風21号の被害に遭われた与那国町の皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い島の復興を祈念いたします)

私の専門は、大きく言えば日本とドイツの文化交流史についての研究ですが、特にポストコロニアリズムの視座を取り入れて、日独の交流史をより多角的に捉え直そうと試みています。その中でも私は近年、二つの具体的な研究テーマに取り組んでいます。一つは、ドイツにおける日本学(Japanologie)の成立史を明らかにしつつ、初期の日本学者たちがいかなる態度で日本研究に臨んでいたのかを探ること、もう一つが沖縄県宮古島の「ドイツ皇帝博愛記念碑」をめぐる史実と言説の再検証を出発点に、沖縄とドイツの文化交流史にまつわる様々な事象を解明することです。このコラムでは、後者の「琉独交流史研究」の中から、日本最西端の島・与那国島とドイツとの意外な関係を紹介するとともに、今年8月に与那国町で行った文化講演会の様子についても述べたいと思います。

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山室信高(一橋大学)

 1914年4月12日、マックス・ヴェーバーは旅先のアスコナ(スイス南部ティチーノ州)から、70歳の誕生日を迎える母親に長文の手紙を書き送った。自分自身も間もなく(4月21日)50歳の節目を迎えるにあたって、これまでの人生を母親との関係を軸に振り返り、母にかけた数々の苦労にいたわりの言葉をかけて、こう結んでいる。「ここはすべてが非常に緑豊かで花盛りです。なんで僕は南国の春がこんなに好きなのか、以前マリアンネ[妻]に書いたことがあります。ここの春は野と森を駆けずり回り、あらゆるものを狂喜乱舞させ、奔流の堰を切り、あらゆる衝動を新たに目覚めさせるやんちゃ坊主(der tolle Knabe)ではありません。それは厳格な形式を備えて様式化された風景のなかにやってきては、そこの新緑と花々にもたらすものは、まるで何者かが成熟した女性の頭にふんわりとした冠を被せるような具合です。それはまた――僕もそうであるように――半世紀を背に負う人間、あるいは母さんのようにもうちょっと多くの歳月[…]を背に負う人間が心のうちに持つことができる春なのです。それをいつも心に持てることを思って、大切な母さんに僕の心の底から力強い親愛の情をこめて祝福の言葉を贈ります。」南国の春の風情に寄せた、ある種の老境の自覚が読みとれようか。しかしその数ヶ月後、いわば遅れ馳せに、あの「やんちゃ坊主」がドイツとわが身を襲うことになるとは、この時ヴェーバーはまるで予想していなかった。
     **写真右:ハイデルベルク大学マックス・ヴェーバー社会学研究科の図書館にあるヴェーバーの胸像(レプリカ)

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北原寛子(小樽商科大学客員研究員)
 「最近ゲルマニスティネンの会の存在感がなくなっているけれど、どうなっているの。若い会員が入らないという嘆きも聞いたけれど、会の現状について報告してもらえないかな。」

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