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熊谷哲哉(近畿大学)
 今回のコラムでは、これまでにブログを書きながら感じたことや、ブログによって発信することの意味について考えたことを述べたい。私は大学院生の頃からブログやSNSに投稿を始め、2016年から《はてなブログ》にて「ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々http://schlossbaerental.hatenablog.com」を書き続けている。数あるブログサービスの中から《はてな》を選んだのは、著名な研究者や出版関係者などが使用しており、また《Twitter》や《Facebook》、《はてなブックマーク》などほかのSNSと連動させている人が多くいたからである。

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赤坂 桃子(翻訳家)
 1979年に上智大学文学部ドイツ文学科卒業生と外国語学部ドイツ語学科卒業生2名の呼びかけによって勉強会が発足した。会の名前はノヴァーリスの小説にちなんで「青い花」。学生時代に学んだドイツ文学を、社会人、家庭人となった今だからこそ、学び直してみたいという熱い思いから発足した会は、1~2ヶ月に1度のペースで昼の時間帯に勉強をつづけてきたが、2020年3月をもって活動を停止することになった。設立から40年以上にもなる。私も気が遠くなるほど長い間、会の末席に名を連ねてきた。この文章を書くに当たり、会誌《青い花》のバックナンバーのページを繰って20年ほど前に寄稿した自分の文章を読み返すと、はたして自分はあれから変わったのか変わらないのか、進歩したのか退歩したのか……と不思議な感覚にとらわれる。

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谷本知沙(慶應義塾大学後期博士課程)
2019年3月17日から22日まで長野県茅野市のリゾートホテル蓼科にて、第61回ドイツ文化ゼミナール(以下、文化ゼミ)が開催された。今回は、招待講師であるパーダーボルン大学のNorbert Otto Eke教授のほか、韓国・ドイツ・スイスの教員および学生、日本全国の教員、修士・博士課程の学生など、総勢約60名の参加者が集った。全5泊6日間のプログラムは、Eke先生による3回の講演と、参加者による講演および発表、グループディスカッション、その他(映画鑑賞・遠足等)で構成されていた。

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益 敏郎(京都大学非常勤講師)
 今年2018年3月11日から16日にかけての6日間、ドイツ文化ゼミナールが開催された。第60回という節目の回である。私自身は2年ぶり2度目の参加で、3月当時は博士課程に在籍していた。堂々と「還暦」を迎えた文化ゼミ(敬称略、以下同)に対して若輩もいいところではあるが、この大会について若輩なりの雑感を交えながらお伝えできればと思う。

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寺本まり子 (武蔵野音楽大学)
 ドイツの音楽の研究というと、独文学会の方ならばバッハやベートーヴェン、あるいはヴァーグナーの音楽を思い浮かべられるかもしれない。音楽学では、半世紀以上にわたって活動を続けている、中世ルネサンス音楽研究会とバロック音楽研究会という2つの研究会がある。これらの研究会は世界的に見ても1970年代から80年代にかけて華々しい成果を上げたルネサンス音楽の演奏と研究、1960年代から着々と成果を上げつつあったバロック音楽の演奏と研究と密接に関連している。後者のバロック音楽研究会は、研究対象がドイツ・バロックであるばかりではなく、設立以来多くの研究者がドイツで音楽学を学び、そして研究を進めてきた。私自身はルネサンスから初期バロック、そして時代は飛ぶが、初期ロマン派の音楽を研究している。

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学会の楽しみ (H.Kinefuchi) [J]

カテゴリ : 
文化コラム
  投稿日: 2018-6-9 15:20
杵渕博樹(東京女子大学)
 学会が楽しいという話なら書けるかな、と思ったとき、ぼくが念頭に置いていたのは、研究発表会だ。人が「学会」という言葉を使うとき、意味されているのは、組織としての学会であったり、研究発表会であったりする。でも、組織としての学会が、もっともそれらしく姿を現すのは研究発表会においてなんじゃないか、という気もする。

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葛西敬之(東京大学大学院博士課程)
2017年3月12日から17日の6日間にわたり、第59回ドイツ文化ゼミナールがリゾートホテル蓼科にて行われた。この通称「蓼科ゼミ」に筆者も参加したので、報告、というと堅いような気がするが、今回参加されなかった方、今後参加を考えている方に、今回の蓼科ゼミがどのようなものであったか少しお伝えできるようなものを、書きたいと思う。今後の参加のきっかけになることがもしあれば、望外の極みである。

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藤田恭子(東北大学)
 昨年8月末から約1週間、ハレ大学オリエント研究所(Martin-Luther-Universität Halle-Wittenberg, Orientalisches Institut)のクノスト博士(Dr. Stefan Konst)のご協力をいただき、シリア史を専門とする同僚の大河原知樹准教授とともに、ハレ市における難民の受入れ状況について調査を行った。そこで目にしたのは、難民の社会統合に向けて教育や行政の現場で進められている地道な努力であり、また各種の学校でドイツ語を学びながら将来を模索する難民、とくに若い世代の姿である。ドイツにおける難民受入れをめぐるメディア報道では、テロ事件、「ドイツのための選択肢 (AfD)」の支持拡大、「西洋のイスラーム化に反対する愛国的欧州者 (PEGIDA)」の反移民・反難民デモなどが取り上げられ目を引くことが多い。本稿では、それらとは様相を異にするドイツの一面について、ご報告したい。

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田中周一(昭和大学)
 かつて訪れた岩手県の名所、浄土ヶ浜。その名のとおり、夕暮れに浮かび上がるその夢幻の姿は、極楽浄土を思わせるものでした。津波の被害で無残な姿となったその美しい海浜の岩山は、現在すでにその美しさを取り戻していると聞きます。(写真は浄土ヶ浜、筆者撮影。)

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ユダヤ音楽の現在を一瞥する (H. Kuroda) [J]

カテゴリ : 
文化コラム
  投稿日: 2017-2-15 18:12
黒田晴之(松山大学)
 きっと本会の多くの方はユダヤ人の音楽と言えば、メンデルスゾーンやマーラーあたりを思い起こされるだろうが、ここで扱うのは東欧ユダヤ人の音楽「クレズマー」である。ある研究によればドイツでは19世紀の終わりから、東欧ユダヤ人がしばしば文学や思想で取り上げられ、「本物のユダヤ人」として「創造」されたというから(注1)、かれらの姿にすでに馴染みのある方もいるだろう。あの黒いカフタンを着て髭もじゃというステレオタイプで描かれるユダヤ人である。この東欧ユダヤ人のあいだでは実に旺盛な音楽活動が営まれていた。こうした事実を朧気ながら知ったのは20年以上もまえで、Don Byronというミュージシャンが再現したMickey Katzの音楽によってである。Mickeyの音楽は正確に言うとアメリカのユダヤ人移民のそれで、東欧ユダヤ人のクレズマーと当時のヒット曲の継ぎ接ぎを、YiddishとEnglishのちゃんぽんYinglishで歌うという趣向だ。あからさまに笑いを持ち込むMickeyの芸に虜とはなったものの、この音楽にどのような背景があるのか手がかりはほとんどなかった。こうした状況に応える研究が2000年前後からぽつぽつ出始める。ささやかながら筆者も2011年にクレズマーをめぐる著書を出すことができた。ここではその著書刊行後の動きを思い付くままスケッチしてみたい(以下の文章では敬称を省略する)。ちなみに「クレズマー」(Klezmer)とは東欧ユダヤ人の楽士を意味したが、冷戦終結前後のワールド・ミュージックのブームによって、かれらの音楽一般を指すジャンル名としてすでに定着している。朝ドラ「あまちゃん」の音楽にも出てきたので、知らず知らずのうちに聴かれた方もいるだろう。

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