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トップ  >  学会誌  >  『ドイツ文学』160号(混合誌)特集テーマ(2019年9月15日原稿締め切り)

『ドイツ文学』160号特集テーマ
「文芸公共圏」



機関誌 Neue Beiträge zur Germanistik, 160号の特集テーマを「文芸公共圏」とし,下記の要領で原稿を募集しますので,ふるってご応募ください。原稿の締切は2019年9月15日です。日本語による論文には延長は適用されません。

今日の社会では、公共的なものの価値が問われつづけている。いわゆる先進国においても、政治の関心が国民的な単位へと内向的に委縮し、近代法治国家を支える公開性の原則が大きく揺らぎつつあるなか、同時に住民投票や社会運動というかたちをとって市民の共通の関心を可視化しようとする流れもまた強まっている。そこで人々の共通の関心が形成される場として、公共的な空間の重要性が近年ますます高まっていることは間違いない。
共通の関心をめぐる言論のための、一般的な参加に開かれた空間、すなわち「公共圏(Öffentlichkeit)」という社会的カテゴリーをめぐっては、20世紀後半から現在にいたるまで活発な議論がおこなわれてきた。その火付け役となったのは、周知のとおりユルゲン・ハーバーマスの初期の主著『公共圏の構造転換』(1962)である。
西欧史において、文学市場の急激な拡大と読者人口の大幅な増大とによって特徴づけられる18世紀は、多様な言説が書物を介して広範な人々のあいだに流通し、そこから集合的な気分や意見が大規模に醸成されていく可能性が開花したという点で、まさしく現代の情報化社会の前段ともいうべき革命的変化を経験した時代であった。こうして成立した新たな社会空間の総体を「市民的公共圏」と呼び、その歴史的変遷を跡づけたのが同書である。ハーバーマスの診断によれば、文学や芸術についての議論が交わされる「文芸公共圏」から、やがて政治的な「世論(öffentliche Meinung)」を形成する「政治公共圏」が発展したという。ところが、そうした啓蒙主義時代の「文化を論議する公衆」が19世紀の資本主義の進展にともなって「文化を消費する公衆」へとしだいに変質・凋落したことで、かつての公共圏の批判的機能は失われたとされている。
社会科学の分野における公共圏論では、ハーバーマスの二つの公共圏モデルのうち「政治公共圏」がおもな焦点となり、「文芸公共圏(literarische Öffentlichkeit)」は等閑視されてしまうことが多い。しかし、こと人文学にとってはその後者の観点、すなわち、公共圏において広義の文学が果たす役割もまた、重要な論点をなしている。この主題において含意されているのは、近代における公共圏が出版文化(郵便制度の普及と定期刊行物の隆盛)を前提として成立したという歴史的事情だけではない。ハーバーマスによれば、この「文芸公共圏」とは、「感情移入する読者」が物語に描かれた「虚構の親密性」と日常生活のなかでみずから経験する「現実の親密性」を照らし合わせ、それについて他者と議論を交わすことで、政治公共圏に参入するために必要な市民的主体性を反省的に涵養する場なのである。
本特集は、以上の前提を踏まえたうえで、「文芸公共圏」という主題について、理論的かつ歴史的な視点から新たな光をあて、さらには現在の状況をも射程におさめることを目的としている。ここで問題となるのは、おもに次の二つの問いである。

1)フィクションとしての文学は、公共圏の成立および変容といかなる関係にあるのか。
文学が、公共圏の物質的条件のみならずその参加者の精神的条件にも深くかかわっているというハーバーマスの見通しは、文学を社会的現実のたんなる反映物ではなく、社会秩序にとって構成的な機能を果たすメディアとしてとらえる視点を与えてくれる。じっさい、啓蒙主義時代の雑誌にしばしば設けられた投書欄では、読者から寄せられた(ときに架空の)手紙にもとづいて、誌面を舞台に読者と作者(ないし編集者)とのあいだで交わされる対話が仮想的に演出され、またヴォルテールはとある冤罪事件にさいして、処刑された被告を擁護するために遺族の手紙と称する真贋不明の書簡を公開することで、世論を喚起しようと努めた。こうした経緯からは、少なくとも近代的な公共圏の黎明期において、公共の議論を実現するためにある種の「虚構性」による媒介が必要とされていた事情が窺われよう。同じく啓蒙主義の時代に端を発する「公開性」や「出版自由」を求める要請が、「真実」への要求と表裏をなしていたことに鑑みれば、この点はきわめて興味深い。
虚構の(もしくは虚実の定かならざる)内容を媒介するメディアとしての文学は、さまざまな歴史的状況下において、同時代の公共圏の形成にどのように寄与し、またそれをどのように変形してきたのかが問われる。

2)ハーバーマスとは異なる観点から、いかなる文芸公共圏モデルを構想することが可能か。
ハーバーマスの公共圏論に対しては、その刊行以来さまざまな分野の研究者から多くの批判的検討が重ねられてきた。過去50年間の「ドイツの学問史において、おそらくもっとも多く議論され、かつもっとも的確に論駁されてきた教授資格論文」(フォルカー・ゲルハルト)と呼ばれるほどである。一連の批判の要諦は、ハーバーマスが特定の社会集団(市民男性)をその担い手とする「市民的公共圏」という特殊歴史的なカテゴリーを理想化し、そこに規範的地位を与えてしまった点に集約される。それによって、たとえば「女性」や「労働者」によって構成される複数の非同質的な公共圏モデルを構想する可能性は、あらかじめ放棄されてしまうからである。そこで排除されている多元的な公共圏をあらためて想定することで、「文化を論議する公衆」から「文化を消費する公衆」へというハーバーマスの単線的な公共圏衰退史観は大幅な修正を加えられることになるだろう。文芸公共圏と政治公共圏を素朴に峻別する見方についても同様である。さらに、インターネットやSNSに代表される現代の新たなメディア環境のもとでは、公共圏の成立要件そのものが大きく変容している点も忘れてはならない。
こうした複数の公共圏モデルを視野におさめるとき、文学はそこでどのような役割を果たしてきたのか、また逆に、新たな公共圏は文学のあり方にどのような変化をもたらしてきたのかが問われる。

ドイツ文学・文化全般にわたる学術的論考をお待ちします。以下のようなテーマも可能です。

  • 前近代における文芸公共圏の可能性(中世、バロック時代など)
  • 18世紀の文芸公共圏の多様性(啓蒙主義、古典主義、ロマン主義、フランス革命など)
  • 19世紀の文芸公共圏の多様性(三月前期/後期、ビーダーマイヤー、資本主義、帝国主義など)
  • 20世紀以後の文芸公共圏の多様性(モダニズム、大衆社会・群集論、ファシズム、戦後社会、冷戦、ポストモダニズム、新自由主義、移民・難民・亡命、ポスト真実など)
  • オルタナティヴな文芸公共圏モデルの開拓(女性による公共圏、民衆/プロレタリア公共圏、宮廷文化、マイノリティによる公共圏など)
  • ナショナリズムと文芸公共圏(「想像の共同体」としての公共圏、トランスナショナルな公共圏など)
  • 宗教と文芸公共圏
  • 文学とジャーナリズム(ジャーナリスト作家の系譜、出版自由/検閲、新聞連載小説など)
  • 文芸公共圏のメディア(口承文学、定期刊行物、書物、書簡、演劇、サロン、美術、音楽、映画、ラジオ、テレビ、インターネット、SNSなど)
  • 文芸公共圏と政治公共圏の関係(世論、選挙、議会制民主主義、街頭行動など)
  • 文芸公共圏と親密圏の関係(愛、家族、ジェンダーなど)
  • 文芸公共圏における主体性(「文化を論議/消費する公衆」に対するオルタナティヴな公衆モデル、参加のための社会的資格・言語的資源など)


*投稿原稿は、学会ホームページ上の日本独文学会機関誌投稿要領を守ってご作成ください。なお,特集以外の原稿の応募も歓迎いたします。

機関誌編集委員会





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