新会長からのごあいさつ ―学会ホームページに寄せて―
日本独文学会会長 室井禎之


おぼろげな記憶をたどっていくと、日本独文学会のホームページが立ち上げられたのは、1996年ころだったようです。当初はページの作成に尽力された細谷行輝さんのご厚意により大阪大学のサーバを借用させていただいていました。現在も使われているロゴマークは岩居弘樹さんの労作です。その後設置先のサーバは何度かかわりましたが、およそ15年間ホームページは一貫して学会の情報発信の場として重要な役割を果たしているといってよいでしょう。

「発信」ということばが、なにやかやと目や耳に入ってくるようになったのは、さほど昔のことではありません。もとより学術研究は、先人の業績を受容し、そこになにがしかのものを付け加えて外へ出すことによって成り立っているので、ことさらに発信が強調されるのも妙といえば妙なのですが、そこからいくばくか汲み取れるものがあるかもしれません。

私たち人文科学にたずさわる者にとってよりなじみが深いのは「表現」でしょうか。自分が温めてきたものをことばにし、いろいろ思い悩みながら推敲し、最終的な表現にまとめ上げてゆく行為は、自らの学問的良心と言語感覚のみをよりどころとした孤独な作業です。人文研究が、おそらくこういった行為を本来的な源泉として営まれていくことに変わりはないでしょうが、それだけで成り立つものではないこともまた明らかです。

発信というときは、それが何に、誰に向けられているか、が併せて問われます。昨今ではとりわけ、日本が世界に、という文脈で発せられることが多いようです。1990年代初めころの政治的、経済的状況を背景として、それに対する一つの反応としてこのことが重要視されるようになった、という位置づけができるかもしれません。それがどのようなかたちで実践されべきであるかはおくとしても、一つの社会がより大きな連関の中におかれるならば、どんな動きでも、それが外に対してどのように働くのかということに対し鈍感であってはならない、という認識は当然のものでしょう。そして、同じことが教育や研究の分野に求められるのも不思議なことではありません。

もちろん学術面での国外への発信は、このことばの流行とはかかわりなく、学会員のそれぞれが、また学会がかねてよりおこなってきたことで、ドイツ語での執筆、投稿、出版はますます推進してゆかなければならないと思います。一方で私たちの活動の存立基盤が日本の社会にあるという視点もつねに持ち続けていなければならないでしょう。私たちの生業がそれに支えられている以上、それに応えるものを私たちの側から提供することが求められます。生業などと、みもふたもないことをいわずとも、私たちの問題意識の中には、日本の文化社会とドイツ(語圏)のそれとの出会い、関わり合いがあるのですから、その取り組みの中で生まれてきたものをフィードバックすることは、ごく自然なことのはずです。私たちの教育・研究もその裾野を広くもち、さらなる発展を期するならば、ドイツ語・ドイツ文学・ドイツ文化への強い関心を引き起こすべく、私たちがその一員でもある日本の社会に対して、これまで以上の発信をしていくことが必要ではないでしょうか。

そういうお前はどうなんだ、隗よりはじめよではないのか、という声が聞こえてきそうですが、自戒を込めて記します。もちろん会員の方々のそれぞれのご活躍に大いに期待するものではありますが、それとともに、学会としてもその活動の中に、広く世の中を指向したものを積極的に取り入れてゆくべきなのでは、と考えます。ホームページは一つの有効なメディアですが、その充実のためにも、また社会に向けた発信のさらなる展開のためにも、会員のみなさまのお知恵をちょうだいできれば幸いです。