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(1)学会からのお知らせ
(1)学会からのお知らせ : <阪神ドイツ文学会>第67回総会・第222回研究発表会のご案内
投稿者 : sugita 投稿日時: 2017-03-10 20:50:27 (395 ヒット)

阪神ドイツ文学会
第67回総会・第222回研究発表会のご案内



表記の総会・研究発表会を以下のとおり開催いたしますので、ご案内申し上げます。阪神ドイツ文学会会員以外の方のご参加も歓迎いたします。参加費は無料です。(非会員は総会での審議・議決にはご参加いただけません。)


日時: 2017年4月2日(日)13時30分より
場所: 関西学院大学 F号館1階 F102教室

所在地: 〒662-8501 兵庫県西宮市上ヶ原一番町1-155
電話番号: 0798-54-6201 (文学部事務室)
阪急電鉄今津線 甲東園駅下車 徒歩約15分、バス約5分。
阪急電鉄今津線 仁川駅下車 徒歩約15分。
(詳しくは http://www.kwansei.ac.jp/pr/pr_000374.html をご参照ください。)


1.総会

1) 幹事諸報告: 庶務、会計、編集、企画、渉外、支部選出理事
2) 審議事項: 2017年度予算について


2.研究発表会

発表1:
林 英哉(京都大学文学研究科博士後期課程/日本学術振興会特別研究員)
題目: 傷としての比喩 ― ヘルダーリン『あたかも祝いの日に…』におけるセメレー神話と断片性
司会: 長谷川健一(大阪市立大学)
発表要旨:

ヘルダーリンの詩『あたかも祝いの日に…(Wie wenn am Feiertage...)』(1800)は、途中で途切れ、未完に終わっている。そのため、なぜ断片化したのかということが解釈上の大きな問題となってきた。本発表は、この問題を、この詩の核をなしているセメレー神話のモチーフから理解することを試みる。神話によれば、ユピテル(ゼウス)に見初められて子を宿した女セメレーは、ユピテルの神としての姿を見ることを望んだ結果、彼の雷によって焼け死んだ。しかし、それでも彼女は子バッカス(ディオニュソス)を産んだ。これを受けてヘルダーリンは、バッカスを産んだセメレーを、詩を生み出す詩人の比喩として用いている。しかし詩人がセメレーであるとしたら、詩人もまた、雷によって焼け死ななければならなくなってしまうだろう。本発表は、セメレー神話という比喩が内包する自己矛盾に注目することで、この詩が、未完に終わったか否かにかかわらず、本質的な断片性を持っていることを明らかにする。

発表2:
石田喜敬(関西学院大学非常勤講師)
題目: ミヒャエル・エンデ『モモ』における「白昼の現実と夢の相互浸透」作用
-ロマン主義的な「メルヒェン・ロマーン」構想について-
司会: 木野光司(関西学院大学)
発表要旨:

ミヒャエル・エンデの『モモ』(1973)には、長い副題の末尾に「メルヒェン・ロマーン」(Ein Märchen-Roman)という語が記されている。エンデは複数のインタヴューやエッセイ、書簡の中で、この長い副題および「メルヒェン・ロマーン」という構想によって、ドイツ・ロマン主義文学の伝統を受け継ぐことを企図していたと述べている。彼が後年、この構想に補足した「白昼の現実と夢の相互浸透」(Durchdringung von Tag und Traum)という言説や、『モモ』執筆時の創作意図およびエンデのメルヒェン観を踏まえると、エンデの言う「メルヒェン・ロマーン」は、当時の外的現実と人間の内面世界を作品の中で相互に変容させる作用として理解できる。本発表では『モモ』において描写された「白昼の現実と夢の相互浸透」の作用が、ロマン主義の文学作品とどのような接点を持ちうるか検討する。特に先行研究で指摘されているような、登場人物の特徴や詩的描写の並行関係からではなく、日常的現実の世界と超現実的な世界を相互に関連づける詩的機能という観点から作品を分析していく。これによって、エンデがロマン主義の継承を試みるために生み出した固有の概念としての「メルヒェン・ロマーン」の解釈を試みたい。


3.講演

Prof. Dr. Ruprecht Mattig (Technische Universität Dortmund)
題目: „Bildung“ – kulturelles Deutungsmuster oder wissenschaftlicher Begriff? Erziehungswissenschaftliche Reflexionen
司会: 小川暁夫(関西学院大学)
講演要旨:

Auch wenn „Bildung“ unbestritten als Grundbegriff der deutschen Erziehungswissenschaft gilt, werden doch immer wieder die Schwierigkeiten bemerkt, die dieser Begriff dem Fach bereitet. Insbesondere lässt sich feststellen, dass der normative Gehalt des Begriffes mit den Ansprüchen empirischer Forschung an Wertneutralität im Konflikt steht. Der Vortrag geht diesen Schwierigkeiten nach, indem zum einen die Geschichte des Begriffes betrachtet wird. Es wird insbesondere gezeigt, dass „Bildung“ im Neuhumanismus geprägt wurde und auf bürgerliche Emanzipation und Kosmopolitismus ausgerichtet war. Zum anderen werden die systematischen Ansprüche betrachtet, die heute in der Erziehungswissenschaft an den Begriff der Bildung herangetragen werden, um ihn empirisch anschlussfähig zu machen. Hier wird deutlich, inwiefern die aus der Geschichte stammende, oft nur noch unbewusste Normativität des Begriffes Probleme für die Beschreibung von empirischen Tatsachen verursacht. Angesichts der aktuellen globalen gesellschaftlichen Herausforderungen schließt der Vortrag mit einem Plädoyer, sich der humanistisch-kosmopolitischen Herkunft des Bildungsdenkens wieder bewusster zu werden und in der Forschung auch Normativität zuzulassen.


4.懇親会

総会・研究発表会が開かれる同じキャンパス内の関学会館風の間で開催します。会費は5,000円(学生2,500円)です。出欠の葉書は同封いたしません。当日受付にてお申し込みくださいますようお願いいたします。

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