2015年6月8日文部科学大臣通知に対する四学会合同要望書の提出について

2015年6月8日の文部科学大臣通知「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」に対する四学会合同要望書の提出について

昨年6月8日の文部科学大臣通知において「特に教員養成系学部・大学院,人文社会科学系学部・大学院については,18 歳人口の減少や人材需要,教育研究水準の確保,国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し,組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めること」が国立大学に求められました。各方面から懸念と批判をもって受け止められた通知ですが,それでも報道などによれば,これに応じるように,いくつかの旧国立大学では中期目標などにおいて「自主的な改組」が進められようとしております。
会員の多くが外国語・外国文学,外国文化さらには人文学教育研究に携わる日本独文学会にとっても等閑視できる問題ではありません。そこで昨年9月より,この通知に象徴的に現れている昨今の大学改革の方向性に対する問題意識を共有する立場から,日本英文学会,日本フランス語フランス文学会と日本独文学会は,会長・幹事レヴェルで意見交換を繰り返して参りました。その話し合いのなかで,上記三学会に日本アメリカ文学会を加え,文科大臣宛に合同要望書を会長名で提出する提案がなされました。これを承け,フランス語フランス文学会が作成した素案に基づき検討を重ねた案文を,2月20日開催の常任理事会において議論いたしました。さらに,各学会からの修正意見が反映された最終案を理事会稟議にかけ,異論なく共同提出を認めていただきました。その全文をここにお知らせいたします。学術研究団体としての日本独文学会が,どのような立場でこの要望書提出に賛同し加わったかについては,間もなくお手許に届く『ドイツ文学 別冊2016年春号』「まえがき」をご一読ください。
 なお,この問題への学会の垣根を越えた対応に関しては,日本学術会議メンバーでもあられる松浦純元会長にご尽力いただきました。記して感謝いたします。

日本独文学会理事会





2016年3月16日



文部科学大臣 馳 浩 殿



2015年6月8日の文部科学大臣通知「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」に対する合同要望書


私たちは、2015年6月8日の文部科学大臣通知「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」(以下6・8通知)の発表以降の経緯に多大な関心を示すとともに、人文社会系分野の研究・教育に対する文部科学省の一連の対応に強い懸念を抱いています。それゆえ本通知が出されてからすでに9ヶ月が経過してはいますが、払拭されずにいる懸念と私たちの要望とを現文部科学大臣にお示しし、ご判断を問わずにすませば、大学教育に携わる者として将来に渡って必ずや深い悔恨を残すものと考え、本要望書をお届けする次第です。
もとより私たちは、高等教育局によって 2015年9月18日に出された「新時代を見据えた国立大学改革」冒頭で述べられているように、世界規模で急激に変化する社会のなかでさまざまな課題に対処し、「国民一人一人が生きがいを持ち、豊かに安心して生活を送ることができる持続的な社会を形成していく」こと、また「我が国の社会を次世代に対して誇れるものとして受け継いでいくこと」が必要不可欠であるとの考えを共有しております。それゆえ私たちは、人々が書き記してきた文章が、自由で責任のある意見や心情の誠実な表明手段であると考えると同時に、それを真摯かつ客観的に理解し、しかしできるだけ多様な解釈に開かれたものとして受容できることこそが、社会全体のさまざまな「知」を確かに継承し、蓄積していくための必須の土台となると考えています。その考えのもと、私たち研究者は、英語、ドイツ語、フランス語で書き継がれてきた多様な知的遺産を主たる研究対象とし、世界各地の研究者・教育者との国際的かつ有機的な連携を促進しながら、自らの人文社会系の研究・教育の成果を、地域や世代を超えて社会全体へと幅広く還元してゆくことを使命としてきました。
その観点からすると、6・8通知およびそれ以降に文部科学省によって提出された一連の通知や文書において、誤解の余地の多分にある表現で組織の「廃止」や「転換」についての言及がなされ、そのことによって、我が国の国立大学法人における人文社会系分野の研究・教育の今後の展開について多大な懸念を抱かせる結果となったという事態は、きわめて憂慮すべきものと考えます。
発信者自身が誤解の余地を認める「文書」について、意図する内容や「思い」が正しく読者に伝わるよう文面を改めることは誠実な議論を行うための前提であるでしょうし、また、そうした訂正を求めることは、学問分野を問わず、「知」の継承に向き合おうとする研究者・教育者にとって義務ですらあると考えます。それが6・8通知のように、さまざまなレベルでの施策に影響を及ぼす可能性のある公的性格をもった文書であれば、なおさらのことです。
それゆえ私たちは、第一に6・8通知の文面について、誤解の余地があると現文部科学大臣がお考えになる部分があるのであれば、その部分を明示しつつ、当該箇所を修正ないし撤回されることを要望します。
第二に私たちは、今回の一連の通知が「社会的要請」という曖昧な表現のもとで、短期的視野に立った営利追求に教育研究の意義を求めているように見えることに強い懸念を抱いています。
一連の通知のなかで唱えられている「社会的要請」が、近年の「日本再興戦略」や、それ以降のグローバル人材育成推進事業や、国立大学のミッションの再定義と連動しているものであることは承知していますし、そのなかで国立大学をはじめとする機関が研究・教育内容の改善を図るのは必要なことでしょう。しかしながら、人文社会系のみならず、あらゆる学問の真の「有用性」は、直接的に数値で換算できるものではありません。「我が国社会を取り巻く環境の大きな変化」、すなわち近年ますます多様化し、かつボーダーレスになった世界の変化の中で、そこで起こる新たな出来事を冷静に分析し、理解し、適切に対処するためには、自然科学系・人文社会系を問わず、あらゆる知の結集こそが必要です。
もしも、各時代の政治的・経済的な論理のみで学問の「有用性」が測られることになると、これまで大学における研究・教育の根本にあった客観的・批判的な態度を保つことは困難になり、大学からは一切の批判的機能が失われることが危惧されます。社会全体の健全な発展のためには、それは巨大な「社会的損失」であると考えられます。そもそも、大学は産業界に役立つ人材の養成・供給機関であるだけでなく、「社会」からある程度独立した自律的な場として存続し、目先の利益に振り回されずに、将来に渡って人類社会の持続と調和を可能にするための知的・倫理的探究を行うことと、それに従事する人材を育成することを使命としており、そうした場所を社会的に保証することにこそ、国立大学に公的な資金が投入されるべき理由があるといっても過言ではありません。
私たちは、そうした使命を果たすことこそが、学校教育法第83条に謳われている「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」という大学の目的にかなうことであり、大学設置基準第19条が大学に求めている「教育課程の編成に当たっては、大学は、学部等の専攻に係る専門の学芸を教授するとともに、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなければならない」という要請に応えるための、大学人としての責務であると考えます。研究者が日々の努力によって地域間・世代間に築き上げてきた研究・教育の連携・継承体制を壊すのは容易ですが、これをふたたび作り直すことはきわめて困難です。安易かつ狭隘に解釈された「社会的要請」という言葉によって、短期的な社会的ニーズに応えられることになったとしても、一つの、あるいは複数の学問分野の研究・教育の条件そのものが変質を被るのであるとすれば、その長期的・世界的に見た損失は計り知れません。
以上のことから私たちは、文部科学省の高等教育に関わる施策が、人類が歴史的に蓄積してきた公共財産たる知的営為を継承・発展させるという大学の本来的目標を、今後も堅持してゆくことを強く要望します。
以 上


日本アメリカ文学会会長 巽 孝之
日本英文学会会長 佐々木 徹
日本独文学会会長 大宮勘一郎
日本フランス語フランス文学会会長 柏木隆雄

(学会名五十音順)