<東京演劇アンサンブル>『忘却のキス』公演のお知らせ
東京演劇アンサンブル『忘却のキス』公演のお知らせ

„Der Kuss des Vergessens“ von Botho Strauß
Die Aufführung des Tokyo Engeki Ensembles am Brechtraum Tokyo


 「キス」は物語、ある文学的イメージに媒介されて生じる。ダンテの『神曲』を参照すれば、「地獄篇」第五歌に不倫の罪ゆえに殺害され、死後も一緒になって飛翔するパオロとフランチェスカの魂が見られる。彼らが口付けを交わすのは、円卓の騎士ランスロットと王妃グィネヴィアの不義のキス・シーンを二人で読んでしまったからだ。劇作家シュトラウスはエッセイ集『写字者の過失』の中で、次のように書いている――「愛は、もっとも強烈なものであっても、モデルを必要とする。パオロとフランチェスカはその昔、庭園の木の下に腰かけて、ランスロットとグィネヴィアの物語を読んでいた。《そして僕らは、彼らのファースト・キスのくだりを読んだとき、お互いに見つめ合って、その日はもうその先を読み続けることができなかった。》そうダンテは書いている。キスの大いなる連鎖」。
 シュトラウスに従えば、このような文学世界におけるモデル、大いなる物語の力によって今なお「神の創造」のプロセスは継続しており、もしもセックスしか存在しなかったら、人類はとっくに死滅しているという。グリム童話『白雪姫』では死せる乙女を生き返らせ、『いばら姫』では百年ものあいだ忘却の淵に沈んだひとつの世界をまざまざと甦らせる「キス」の魔力は――あたかもシュトラウスの考える「演劇」のように――口付けを交わすたびに伝播して更新される。現在の瞬間は、同時に過去の神話的時間と深く交錯し合い、我われは自分の物語を演じようとするまさにその瞬間に、他者の物語/過去のモデル/深層構造に絡め取られてしまうのだ。
 戯曲『忘却のキス』は、年配の男性イェルケ氏と罰ゲームゆえに偶然のキスを交わす若い女性リカルダが、思いがけずこの「キス」の魔力を経験するという筋書きを持つ。すなわち、愛し合っている二人が愛を確かめ合うためにキスするのではなく、偶然に唇を重ねた二人が「キスすること」の物語に突如感染して、永劫不変の「カップル」の神話に忽然と絡め取られ、結果、激しく恋に落ちるのである。――「そのとき二人の背後で舞台装置だけが取り替えられた。燃えさかる炎と冷たい壁、ゴミの山、娼婦に反逆者、新しいスピード、新しい病気、崩壊する国家、庭園と夜、そして様々な情景のリアルな大洪水……それでもあたし達二人は、どこまでも一緒に歩んでいく。そして、何が起きたのか訊ね合う。だってあたし達はカップル、一匹の四足動物。そして四つ足の人間こそは、この地上でもっとも高度に進化した生き物」。
 この難解な現代戯曲に、このたび東京演劇アンサンブルが挑むことになった。もちろん、日本初演である。評判になったマティアス・ハルトマン演出による1998年のスイス・チューリヒ初演から、15年の時を経てのお目見えだ。音楽にクロマチック・アコーディオンの第一人者かとうかなこによる生演奏を用い、若き映像作家・高橋啓祐が舞台上での本格的な映像表現を試みる。衣裳や舞台美術においても新しい才能を結集させた。そして演出を手がけるのが、2006年ドイツのブレヒト演劇祭で本場ベルリーナー・アンサンブルにて『ガリレイの生涯』を主演した公家義徳。今回が3作目の演出作品となる。関心のある方は、ぜひ芝居小屋まで足を運んでいただきたい。

 『忘却のキス――赤色のガラスケース』
 作:ボートー・シュトラウス
 訳・構成(ドラマトゥルク):大塚直
 演出:公家義徳

  日時: 2013年 3月1日(金)~10日(日) 
  開演: 14:00~  3月2日(土)、3日(日)、9日(土)、10日(日)
       19:00~  3月1日(金)、4日(月)、5日(火)、6日(水)、7日(木)、8日(金)
  会場: 「ブレヒトの芝居小屋」 〒177-0051 東京都練馬区関町北4-35-17
  料金: 当日4500円  前売り(一般)3800円  前売り(学生)3000円

*割引のご案内: 日本独文学会会員の方には、前売り料金からさらに500円を割引いたします。
ただし、4日(月)と5日(火)はロープライスデーにつき、一律2500円です。
また6日(水)、7日(木)、8日(金)はアフタートークを予定しています。
詳細はwebで。URL:http://www.tee.co.jp

 東京演劇アンサンブル
 制作:小森明子・太田昭
 〒177-0051 東京都練馬区関町北4-35-17
 Tel.03-3920-5232/Fax.03-3920-4433/e-mail:ticket@tee.co.jp

文責:大塚直(翻訳者)