Japanische Gesellschaft für Germanistik
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松岡 幸司(信州大学)
「50年間知っていたけれども,51年目になってその中身の重大さと恐ろしさに驚嘆するものがある.」今から170年前の1842年7月,ウィーンで皆既日食を見た19世紀オーストリアの作家シュティフター(Adalbert Stifter, 1805-1868)は,彼の手記『1842年7月8日の日蝕(Die Sonnenfinsternis am 8. Juli 1842)』の冒頭で上のように記している.

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岡山具隆(上智大学非常勤講師)
2012年3月28日から29日にかけて、箱根町強羅の静雲荘で第58回「ドイツ現代文学ゼミナール」(以下、「現文ゼミ」と略す)が開催された。この場をお借りして、一人の参加者の視点からゼミの紹介も兼ねて簡単な報告をさせていただきたい。

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三宅新三(岡山大学大学院社会文化研究科教授)
今から20年以上も前の話で恐縮だが、「5大オペラ作曲家の世界」というCD5枚からなるシリーズが日本コロンビアから発売された。ドイツ語圏を中心とした歌手たちによるオペラのアリア集だが、そのなかには名メゾソプラノだったクリスタ・ルートヴィヒが「ブリュンヒルデの自己犠牲」を歌った珍しい録音もある。ところでこのシリーズで言われる「5大オペラ作曲家」とは、モーツァルト、ワーグナー(ここではヴァーグナーではなくワーグナーと表記する)、ヴェルディ、プッチーニ、リヒャルト・シュトラウスの5人をさす。この選択は、世界の主要なオペラハウスで今日上演されているそれぞれの作品数を考えれば妥当なものだが、仮にこれらの作曲家たちのオペラを、「男のオペラ」か「女のオペラ」かに分類した場合、ヴェルディ以外はすべて「女のオペラ」を創作したと言えるのではなかろうか。ヴェルディのオペラの魅力はやはり男性像にある。もちろんヴェルディのオペラにも、『ラ・トラヴィアータ』のヴィオレッタ、『オテロ』のデズデモナなど有名なヒロインは数多く登場するが、彼女たちに共感するのは少なくとも私には難しい。なぜならばヴェルディが描く女性像には強さが欠如していると思われるからだ。その点でモーツァルトやワーグナーのオペラの女性主人公たちは異なる。彼女たちの魅力は何と言ってもその誇り高いたくましさにある。私が『モーツァルトとオペラの政治学』(青弓社)や『ヴァーグナーのオペラの女性像』(鳥影社)で一番書きたかったのは、モーツァルトやワーグナーのオペラに登場する女性主人公たちが持つそのような強さである。

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眞鍋 正紀(上智大学非常勤講師)
今年はプロイセンの劇作家、ジャーナリストそして小説家であったハインリヒ・フォン・クライスト(Heinrich von Kleist, 1777-1811)の没後二百年にあたる記念の年、「クライスト年」です。それにともなってドイツ各地でクライストの戯曲作品を集中的に上演する複数の企画が進行しており(注1注1’注1’’)、クライスト関連のシンポジウムもドイツ国内のみならずアメリカを始めとして世界各地で開催されています。クライスト関連の研究書、文芸作品の出版も数多く見られ、クライスト全集として、新たにミュンヘン版(注2)も出版されました。この全集は、原資料をできる限り収録し、文献学的な註を充実させた大部のブランデンブルク・ベルリン版クライスト全集を、読者が手にとって読みやすいように簡略化した普及版です。

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松崎裕人(東北大学非常勤講師)
2011年3月11日(金)から8ヶ月が過ぎた。大地震直後の印象が、疲れとともに薄れもする一方で、些細なことが、憤りとともに思い出されたりもする。私個人には、被害らしい被害はなかった。それでもなお、あるいはそれゆえに、事態に対して距離を取れる状態ではない。あのとき、地震後すぐに停電し、携帯電話もつながらず、周囲の状況がわからずにいた。私は、依然として目の前のことで手いっぱいである。何かがわかったとは到底いえないまま、しかし、一日一日と生活はある。以下は、被災地のなかで、ドイツ語の授業を生業としている者の、とりとめのない雑感の一部である。

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桑原 聡 (新潟大学)
今夏10日ほどイタリアを旅してきた。その目的の一つが、教皇の町ヴィテルボViterbo郊外のバニャイーアBagnaiaにあるランテ荘庭園Villa di LanteとボーマルツォBomarzoのいわゆる怪物庭園を見ることであった。

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吉満たか子(広島大学外国語教育研究センター)
2009年の8月、NHK教育テレビ(2011年6月から「Eテレ」に名称変更された)で放映されている「テレビでドイツ語」の講師を担当してほしいという依頼が舞い込んだ。テレビのドイツ語講座と言えば、ドイツ語を学び始めた大学1年の夏休みに見ていた記憶がある。当時はヨアヒム・ヴァイラントさんがネイティブスピーカーとして出演されていて、後に母校へ赴任して来られた時には、「テレビと同じだ~!」と無邪気に喜んだ。またラジオでは市川明先生が講師を担当されていて、先生の授業では「ラジオと同じ美声だ~!」とこれまた無邪気に喜んでいた記憶がよみがえった。これも何かのご縁とお引き受けし、2010年度と2011年度の監修と講師を担当した。

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田中 愼 (千葉大学)
今年の8月,ミュンヘン大学にて,言語学サマーコースおよび日独言語研究立ち上げのためのワークショップが行われた。私個人だけでなく,参加者,関係者一同も,この試みを非常に肯定的に評価していることからも,この学会のHPの場を借りて,この試みを紹介したいと思う。

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義則孝夫(関西学院大学名誉教授)
数年前、まだテレビのデジタル化が進んでいなかった頃、衛星放送は特別扱いで、NHK にはBS1、BS2、BS3 と三つのチャンネルがあって、それぞれ特殊なテーマの画面を提供してくれた。私はその頃、テレビと言えばもっぱらこのBS放送を見ていた記憶があるのだが、そんなある日、どのチャンネルか覚えはないが、突然、何の由縁もなく、……というのは、おそらく番組の変わり目であったのであろうが、私の思いでは、その前後の画面とは何らの関係もなく、まったく唐突にどかりと、ブラウン管全面を巨大文字で占領して、Ludwig van Beethoven の名前が表示されたのである。しかも、それには次のようなルビが付してあった。〈ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン〉(?)…… 私はこれを見て、思わず吹き出してしまった。次いで、思わず知らず、頭を左右に振っていた。これはいかん、という所作である。テレビのことだから、たいていの愚昧は辛抱するが、ドイツ語講座などを正規番組で放送しているNHK がこんな過ちを犯してくれては困るのである。昔、テレビの開花期に「国民一億総白痴」という名文句を吐いた硬骨の評論家(たぶん大宅壮一さん)がいたが、わざわざ用もないのに原語を示してその下にルビを付せば、このドイツ語はカタカナ書きのとおりに発音するのだと、誰しもそう教わったと思うのが人情である。ところがこれは実態に反する。このカタカナ書きの中に幾つ誤りがあるか、お分かりかな。まず始めの〈ルード〉は〈ルート= 清音〉である。次いで〈ヴァン〉はドイツ語学習者には不満であろうが、〈ファン〉である。ここはオランダ語風に濁音〈ヴ〉ではない。次いで最後に苗字は造語的に区切れば〈Beet・hoven〉であって、したがってその発音は〈ベートホ―フェン〉である。日本人に親しい、というよりも全世界で親しまれているベートーヴェン= ベートーベンは、ドイツには居ないのである。

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大塚 直(愛知県立芸術大学)
2010年は、チェーホフ生誕150年にあたる年だった。そのような記念すべき年に、ブレヒト作品の上演で有名な東京演劇アンサンブルと一緒に仕事をする機会に恵まれた。かつてペーター・シュタイン指揮下の黄金期ベルリン・シャウビューネが、後の劇作家ボートー・シュトラウスをブレーンに据えて〈チェーホフ劇〉として取り組んだゴーリキーの戯曲『別荘人種』を、新たにドイツ語改作版をオリジナルの一次テクストとみなし、『避暑に訪れた人びと』と題して翻訳、ドラマトゥルクとして公演に携わったのである。記録的な猛暑となった8月に立ち稽古を重ね、レクチャーや飲み会等を通じて絶えず劇団員に寄り添いながら、9月半ばに彼らの本拠地「ブレヒトの芝居小屋」で作品を上演した。このエッセイでは、彼らの集団的営為に触れて感じたことを手短に綴ってみたい。

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