Japanische Gesellschaft für Germanistik
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木村護郎クリストフ/Goro Christoph Kimura (上智大学/Sophia-Universität)
(Deutsche Fassung unten)

Guten dzień! Möchcesz teebata?
― Tjak, gernie. Dankuję!

これはどういう言語と思われるでしょうか。答えは、ノヴァ・アメリカ語です。といっても、実態はドイツ語とポーランド語の混ぜあわせ。

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Kurtzweylige Legenda(E. Scheiffele)[D]

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文化コラム
  投稿日: 2013-5-11 1:09
Eberhard Scheiffele (Waseda Universität)
Eines gewissen Anonymi Kurtzweylige Legenda/so nutzelich unde ergetzlich zuo lesen/ welche Mitt-Theylung in ienem Landt spilet/ von deme da gesaget ist/ da wirdt es fruher lichte danne anderen Orts inn dießem Iammer=Thale/ n i t a l l e n t h a l b e n/ iedoch zuo den mehresten Theylen auss der deutschen Hauptsprach/ alss sie da geleret das Beyspill Doctoris Martini Lutheri/ submissest umbegesatzet in die newe Schrifft=Gestaltt nach der Fuerschrifft deß wol=lobelichen Hausses Duden/ von Aeverhartus Scaevellio Suebicus seu Alamannus/ Mitt deme allergnaedigesten Sonder=Privilegio hochgelahreter Rebus Germanicis obligatae Societatis Iaponicae.

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Michael Feldt (St.Paul’s/Rikkyo Universität)
1. Mythologische Grundlegung
2. Antike und klerikales Mittelalter: vita activa und vita contemplativa
3. Die Säkularisierung: Arcadia- und Paradies-Erinnerungen seit der Renaissance
4. Muße in der Aristokratie
5. Bürgerliche Anthropologisierung der Muße seit der Romantik
6. Zur Philosophie der Muße
7. Die Muße der Wanderer, Flaneure und Eckensteher
8. Rückzug der Muße in Stimmungskunst und in Impressionismus
9. Verdrängung der Muße und organisierte Betriebsamkeit

Liebe Kollegen, liebe Studenten, liebe Freunde!

Nach 39 Jahren akademischer Lehrtätigkeit – 9 Jahre an der Technischen Universität Berlin, 8 Jahre an der Tokyo Universität (zu Hongo), 22 Jahre an der St.Paul’s/Rikkyo Universität: Was liegt näher, als über Muße nachzudenken?! Ich möchte heute zu Ihnen über einige kulturgeschichtliche, vor allem literaturgeschichtliche Aspekte von Muße sprechen.

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鈴木 将史 (小樽商科大学)
私が学んだ北大文学部独語独文学科には、「独文学演習」と称する授業が金曜日の午前に開講されていた。この授業は学部・大学院共通科目で、学部3年から修士課程の院生までが出席し、青柳謙二教授のもと、近代ドイツ・オーストリア文学作品を読み進める内容だった。他にも水曜日午後には新妻篤教授が指導される文学演習が行われており、ここでは主に写実主義の作品を読んでいたが、C.F.マイヤーの『ぺスカラの誘惑』などといった、そうでもなければ絶対読みそうもない難解極まる独文と格闘できたことは今思えば幸いである。青柳先生の演習は、10名弱の出席者が順次作品を訳していくという極めてオーソドックスな方法で進められたが、先生が学生をあてるわけではない。つまり、自信のある学生が自ら申し出、先生の承認を得て訳し始めるという学生の自発性を妙に尊重した輪読制が取られていた。この方式をいいことに、当時学部3年生だった私は学期(通年制)半ばまで手を挙げず、授業のお客さんを決め込んでいた。だが、ある日教室に来てみると、他の出席者は誰も来ておらず、程なく現れた先生と二人だけの状態になってしまった。本当は別の誰かが来るまで待っていてほしかったのだが、私がまだ一度もやっていないのに気付いておられたのだろう、青柳先生は授業を始めるとおっしゃる。「じゃ…」と先生が私を見れば、私が訳す他はない。そうしてセミが鳴く中、汗だくになって支離滅裂に訳した作品というのが、ゲルハルト・ハウプトマン作『線路番ティール』(髭文字)であった。あの小説の後はシュニッツラー『グストル少尉』を読んだので、私がそこであたっていたら、今頃シュニッツラー研究に勤しんでいたかもしれない。とにかく爾来30有余年、まがりなりにもハウプトマン研究に手を染めてきたが、この稀代の劇作家を私は小説によって知ったのである。

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渡辺 学 (学習院大学)
韓国独文学会 (KGG、韓国獨語獨文学会) のご厚意により、日本独文学会からの招待者として2012年8月から9月にかけての数日間、「近くて近い国」大韓民国を訪れ、ソラク・シンポジウム(8月31日~9月2日)に参加する機会に恵まれた。筆者にとっては、ソウル大学を会場としてアジア・ゲルマニスト会議が開催された2006年以来、実に6年ぶりの韓国再訪である。

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木戸 紗織(大阪市立大学大学院後期博士課程)
今年の8月、予定より一年遅れてアジアゲルマニスト会議が北京で開かれました。前回の金沢大会から4年、折しも開催直前になって日中、日韓双方に領土問題が持ち上がり、落ち着かない状況の中行われた今回の北京大会でしたが、„Interlingualität – Interkulturalität – Interdisziplinarität: Grenzerweiterungen der Germanistik“というテーマのもと、日中韓そしてヨーロッパのゲルマニストがまさに寝食をともにした6日間の様子を、ごく一部ですがお伝えしたいと思います。

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室井禎之(早稲田大学)
2012年8月19日から24日の6日間北京北郊のJiuhua Palace Hotelにて、アジアゲルマニスト会議が開かれた。 „Interlingualität, Interkulturalität und Interdisziplinarität: Grenzerweiterungen der Germanistik“という総合テーマのもと、4つの全体講演、パネルディスカッション、分科会での100を越える研究発表が行われた。日本独文学会からは25名の会員が参加した。そのうち4名が旅費補助を得て参加した。この補助は日本独文学会がDAADに申請して特別に認められたものである。DAADと関係者のご尽力にこの場を借りて深く感謝したい。

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美留町 義雄 (大東文化大学文学部准教授)
勤務先の海外留学制度を利用して、今春4月よりミュンヘンに滞在している。なぜミュンヘンかと問われると、大のビール党である私を知る方々には見透かされそうで困ってしまう。だが一応、研究のテーマとして「ミュンヘンにおける森鷗外」に取り組んでおり、『独逸日記』や『うたかたの記』に描かれている、ミュンヘン留学期(1886年3月~1887年4月)の鷗外の足跡を訪ねることが目的となっている。このテーマを選んだ訳は、確かに二年前『鷗外のベルリン』という本を上梓し、鷗外の都市体験に深く携わったことも挙げられる。しかし何よりも次の写真がきっかけとなった。これは数ある鷗外の写真のうちで、私が最も好きな一枚だ。

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岡本 順治(学習院大学)
英語の教科書には、よくアーミッシュ派(Amish)の人々とその現代の科学技術を拒否した生き方がテーマとして採用されているが、彼らの話すPennsylvania Dutch と呼ばれる言語は、オランダ語ではなくドイツ語だ(以下、「ペンシルベニア・ドイツ語」と呼ぶ)。2012 年 7 月、このドイツ語を話す人達の言語文化を直接知りたいと思い、私はアメリカのペンシルベニア州へでかけた。ペンシルベニア・ドイツ語を話す人々は、主に 16 世紀の宗教改革の後に誕生したプロテスタントの再洗礼派と言われる人達の一部で、ペンシルベニアへの移住は、18 世紀以降本格的に行われた。移民した再洗礼派の中でも有名なのは、メノナイト派とアーミッシュ派で、その多くの人達がスイスやドイツ南西部(主にプファルツ地方)などから迫害を逃れて「宗教の自由のある国」へ移住したのだと言われている。

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松岡 幸司(信州大学)
「50年間知っていたけれども,51年目になってその中身の重大さと恐ろしさに驚嘆するものがある.」今から170年前の1842年7月,ウィーンで皆既日食を見た19世紀オーストリアの作家シュティフター(Adalbert Stifter, 1805-1868)は,彼の手記『1842年7月8日の日蝕(Die Sonnenfinsternis am 8. Juli 1842)』の冒頭で上のように記している.

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