Japanische Gesellschaft für Germanistik
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田中 愼(千葉大学)・藤縄 康弘(東京外国語大学)
Diesen Sommer fand im Rahmen der Munich International Summer University (MISU) die Linguistik-Sommerschule das zweite Mal statt. Anders als bei der ersten Lingusitik-Sommerschule im Jahre 2011, bei der wir uns auf einen deutsch-japanischen Kontrast konzentrierten, vergrößerten wir diesmal unser Arbeitsfeld und hatten nun die gesamte germanistische Linguistik im Visier. Das Teilnehmerfeld erweiterte sich dementsprechend: Germanistische LinguistInnen aus verschiedenen Ländern kamen zusammen, wenn auch die überwiegende Mehrzahl der Teilnehmenden aus Japan war. Die Dozentengesichter spiegelten ebenfalls die Vielfalt der Sommerschule wider: Die 10 Dozenten der Sommerschule, die alle unentgeltlich ihre Freizeit der Lehrtätigkeit widmeten, kamen aus 8 Ländern (Deutschland (Prof. Leiss, Dr. Zeman), Italien (Prof. Bidese), Polen (Prof. Kotin), Japan (Prof. Tanaka, Prof. Fujinawa, Dr. Kurita), Thailand (Dr. Payawang), Taiwan (Dr. Jang) und Österreich und den Niederlanden (Prof. Abraham). Dies sollte eine überzeugende Demonstration dafür sein, dass die „germanistische“ Linguistik eine globale Disziplin ist.

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桂元嗣 (武蔵大学)
 2015年5月30日(土)、31日(日)に武蔵大学で日本独文学会春季研究発表会が開催された。晴天にも恵まれ、受付で参加費を支払ってくださった来場者の数は1日目が392名、2日目が152名、合計544名に達し、無事に終了した。運営にかかわった一人として、当日までのことを書き記しておきたい。

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(D. Beier-Taguchi)[D]

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外国語教育コラム
  投稿日: 2015-9-3 13:24
Diana Beier-Taguchi (東京外国語大学)
Sehr lange habe ich auf ein Seminar wie dieses gewartet. Nachdem das Thema bekannt war, zögerte ich nicht lange und meldete mich nicht nur als Teilnehmerin, sondern auch als Referentin an. Endlich gab es einen Rahmen, in dem ich mein bisheriges Wissen wiederholen und vertiefen konnte. Aber viel wichtiger war der Aspekt, dass sich bei diesem Seminar auch andere „Lernstrategie-Interessierte/Forschende“ trafen und über ihre Ideen und Projekte sprechen konnten. Sehr gespannt war ich auch auf unsere Gastdozentin Prof. Dr. Nicola Würffel von der Pädagogischen Hochschule Heidelberg. In ihrer Forschung beschäftigt sie sich intensiv mit den Themen Lernstrategien, kooperatives Lernen, mediengestütztes Fremdsprachenlernen und –lehren sowie Blended Learning.

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ドイツ語論文執筆ワークショップ (M. Ide) [J]

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語学関連コラム
  投稿日: 2015-7-12 23:57
井出 万秀(立教大学)
 昨年の12月6(土)・7(日)に立教大学池袋キャンパスで,おもに後継研究者を対象として「ドイツ語論文執筆ワークショップ」が開催されました。後継研究者を積極的に支援したいというDAADの意向のもと実現しました。DAAD支援の一環ということもあり,渉外理事だった私が企画・運営いたしました。はじめての試みで,周知期間も短かったこともあり,参加者は20名弱と少なめでしたが,参加者のアンケートからは,ワークショップは概ね好評でした。

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山本佳樹(大阪大学)
 2013年のドイツ・アカデミー賞で作品賞・監督賞など6冠に輝き、日本でも昨年公開された『コーヒーをめぐる冒険』Oh Boy(監督ヤン・オーレ・ゲルスター、2012)は、ちょっと引っかかる映画だった。何がどう引っかかったのか明確には自覚できていなかったのだが、戦後70年とドイツ映画というテーマで今回コラムを書かせていただくことになり、はてどうしたものかと思案していたとき、この映画のことが頭に浮かんだ。この映画の「ちょっと引っかかる」ところは、ドイツ映画の戦後史と無関係ではないような気がしたのだ。

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栗山次郎 (九州工業大学名誉教授)
 私は一昨年(2013年)からしばらくベトナムのハノイ市で日本語を教えていました。その間に何度かハノイ大学外国語学部日本語学科を訪問しました。そこでの何かの話の折に日本語の先生に、ドイツ語学科はありますか、と尋ねたことがあります。ありますよ、1階上の階ですよ、という答えでした。2014年秋にふとこの話題を思い出し、そこに行けばベトナムのドイツ語教育のことが聞けるかもしれないと思いいたりました。知人にこの思いつきを話すと、それだったら学科長の先生が詳しいだろう、と言って Duong Thi Viet Thang 先生を紹介してくれました。先生にメールを書いたところ、12月31日には少し時間があるので大学で会いましょう、という返事をいただき、大晦日に大学を訪問することにしました。その様子を報告いたします。

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川島隆 (京都大学)
 ずっと不思議だと思っていた絵がある。カフカ『変身』の初版本の表紙を飾るイラストのことだ。ライプツィヒのクルト・ヴォルフ出版社から出ている「最後の審判」シリーズの一環として1915年末に出版された(表記では1916年となっている)この本の表紙では、ナイトガウンを羽織った黒い髪の男が、いかにも絶望したという風情で両手で顔を覆い、隣室に通じるドアからよろよろと離れようとしている。少しだけ開いたドアからのぞいている隣の部屋は真っ暗で、中の様子は何も見えない。

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トーマス・マン没後60年によせて (M. Chida)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2015-2-26 16:08
千田まや(和歌山大学)
 教室いっぱいの新入生を前にIch lerne fleißig Deutsch. Deutsch lerne ich fleißig. Fleißig lerne ich Deutsch.と縦に並べて板書し、発音や語順、動詞の語尾に注意を促す時、「また新学期が巡ってきたなあ」と思う。 そして、Wenn ich fleißiger Deutsch gelernt hätte, hätte ich die Prüfung bestanden.と書いて、接続法というラスボスと対面する頃には、1年近くが経っている。その時点で教室に残っている学生たちは、例文のichとは違って十分fleißigな勇者であるから、ほぼ全員が及第する。このお決まりの儀式を長年繰り返してきた私にとって、fleißigという単語には、『魔の山』の永遠のスープのイメージがある――などと書ければカッコイイのだろうが、正直に言うと、この単語には、毎年同じ例文を使い、成長なく1年を過ごした自分の手垢がこびりついているような気がする。

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カネッティの贈りもの(H. Suto)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2014-11-12 17:09
須藤温子(日本大学)
 チューリヒ中央図書館一階の小ぎれいなカフェテリアで、わたしはヨハンナさんとお茶を飲もうとしていた。気もそぞろのわたしは財布を忘れ、初対面の彼女に紅茶と「ショコクス」をご馳走してもらうことになった。彼女の名はヨハンナ・カネッティ。今は亡きノーベル文学賞作家の一人娘である。わたしは調査に訪れた町でいきなりエリアス・カネッティ(1905-1994)に借りができてしまった。

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山室信高(一橋大学)

 1914年4月12日、マックス・ヴェーバーは旅先のアスコナ(スイス南部ティチーノ州)から、70歳の誕生日を迎える母親に長文の手紙を書き送った。自分自身も間もなく(4月21日)50歳の節目を迎えるにあたって、これまでの人生を母親との関係を軸に振り返り、母にかけた数々の苦労にいたわりの言葉をかけて、こう結んでいる。「ここはすべてが非常に緑豊かで花盛りです。なんで僕は南国の春がこんなに好きなのか、以前マリアンネ[妻]に書いたことがあります。ここの春は野と森を駆けずり回り、あらゆるものを狂喜乱舞させ、奔流の堰を切り、あらゆる衝動を新たに目覚めさせるやんちゃ坊主(der tolle Knabe)ではありません。それは厳格な形式を備えて様式化された風景のなかにやってきては、そこの新緑と花々にもたらすものは、まるで何者かが成熟した女性の頭にふんわりとした冠を被せるような具合です。それはまた――僕もそうであるように――半世紀を背に負う人間、あるいは母さんのようにもうちょっと多くの歳月[…]を背に負う人間が心のうちに持つことができる春なのです。それをいつも心に持てることを思って、大切な母さんに僕の心の底から力強い親愛の情をこめて祝福の言葉を贈ります。」南国の春の風情に寄せた、ある種の老境の自覚が読みとれようか。しかしその数ヶ月後、いわば遅れ馳せに、あの「やんちゃ坊主」がドイツとわが身を襲うことになるとは、この時ヴェーバーはまるで予想していなかった。
     **写真右:ハイデルベルク大学マックス・ヴェーバー社会学研究科の図書館にあるヴェーバーの胸像(レプリカ)

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