Japanische Gesellschaft für Germanistik
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栗山次郎 (九州工業大学名誉教授)
 私は一昨年(2013年)からしばらくベトナムのハノイ市で日本語を教えていました。その間に何度かハノイ大学外国語学部日本語学科を訪問しました。そこでの何かの話の折に日本語の先生に、ドイツ語学科はありますか、と尋ねたことがあります。ありますよ、1階上の階ですよ、という答えでした。2014年秋にふとこの話題を思い出し、そこに行けばベトナムのドイツ語教育のことが聞けるかもしれないと思いいたりました。知人にこの思いつきを話すと、それだったら学科長の先生が詳しいだろう、と言って Duong Thi Viet Thang 先生を紹介してくれました。先生にメールを書いたところ、12月31日には少し時間があるので大学で会いましょう、という返事をいただき、大晦日に大学を訪問することにしました。その様子を報告いたします。

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川島隆 (京都大学)
 ずっと不思議だと思っていた絵がある。カフカ『変身』の初版本の表紙を飾るイラストのことだ。ライプツィヒのクルト・ヴォルフ出版社から出ている「最後の審判」シリーズの一環として1915年末に出版された(表記では1916年となっている)この本の表紙では、ナイトガウンを羽織った黒い髪の男が、いかにも絶望したという風情で両手で顔を覆い、隣室に通じるドアからよろよろと離れようとしている。少しだけ開いたドアからのぞいている隣の部屋は真っ暗で、中の様子は何も見えない。

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トーマス・マン没後60年によせて (M. Chida)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2015-2-26 16:08
千田まや(和歌山大学)
 教室いっぱいの新入生を前にIch lerne fleißig Deutsch. Deutsch lerne ich fleißig. Fleißig lerne ich Deutsch.と縦に並べて板書し、発音や語順、動詞の語尾に注意を促す時、「また新学期が巡ってきたなあ」と思う。 そして、Wenn ich fleißiger Deutsch gelernt hätte, hätte ich die Prüfung bestanden.と書いて、接続法というラスボスと対面する頃には、1年近くが経っている。その時点で教室に残っている学生たちは、例文のichとは違って十分fleißigな勇者であるから、ほぼ全員が及第する。このお決まりの儀式を長年繰り返してきた私にとって、fleißigという単語には、『魔の山』の永遠のスープのイメージがある――などと書ければカッコイイのだろうが、正直に言うと、この単語には、毎年同じ例文を使い、成長なく1年を過ごした自分の手垢がこびりついているような気がする。

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カネッティの贈りもの(H. Suto)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2014-11-12 17:09
須藤温子(日本大学)
 チューリヒ中央図書館一階の小ぎれいなカフェテリアで、わたしはヨハンナさんとお茶を飲もうとしていた。気もそぞろのわたしは財布を忘れ、初対面の彼女に紅茶と「ショコクス」をご馳走してもらうことになった。彼女の名はヨハンナ・カネッティ。今は亡きノーベル文学賞作家の一人娘である。わたしは調査に訪れた町でいきなりエリアス・カネッティ(1905-1994)に借りができてしまった。

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山室信高(一橋大学)

 1914年4月12日、マックス・ヴェーバーは旅先のアスコナ(スイス南部ティチーノ州)から、70歳の誕生日を迎える母親に長文の手紙を書き送った。自分自身も間もなく(4月21日)50歳の節目を迎えるにあたって、これまでの人生を母親との関係を軸に振り返り、母にかけた数々の苦労にいたわりの言葉をかけて、こう結んでいる。「ここはすべてが非常に緑豊かで花盛りです。なんで僕は南国の春がこんなに好きなのか、以前マリアンネ[妻]に書いたことがあります。ここの春は野と森を駆けずり回り、あらゆるものを狂喜乱舞させ、奔流の堰を切り、あらゆる衝動を新たに目覚めさせるやんちゃ坊主(der tolle Knabe)ではありません。それは厳格な形式を備えて様式化された風景のなかにやってきては、そこの新緑と花々にもたらすものは、まるで何者かが成熟した女性の頭にふんわりとした冠を被せるような具合です。それはまた――僕もそうであるように――半世紀を背に負う人間、あるいは母さんのようにもうちょっと多くの歳月[…]を背に負う人間が心のうちに持つことができる春なのです。それをいつも心に持てることを思って、大切な母さんに僕の心の底から力強い親愛の情をこめて祝福の言葉を贈ります。」南国の春の風情に寄せた、ある種の老境の自覚が読みとれようか。しかしその数ヶ月後、いわば遅れ馳せに、あの「やんちゃ坊主」がドイツとわが身を襲うことになるとは、この時ヴェーバーはまるで予想していなかった。
     **写真右:ハイデルベルク大学マックス・ヴェーバー社会学研究科の図書館にあるヴェーバーの胸像(レプリカ)

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故ハルン・ファロキ監督を偲んで (H. Arai)[J]

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映画批評
  投稿日: 2014-11-10 10:38
荒井 泰(早稲田大学非常勤講師)
 今年の7月30日ハルン・ファロキ(Harun Farocki)が亡くなった。

 わたしはファロキ監督に会ったことが何度かある。
 2005年春からベルリン自由大学映画学科に留学したわたしは、渡独してまもなく映画専門の書店で、著名な映画学者が編纂したファロキ作品に関する論集に目をひかれた。ドイツ映画を学んでいたが、それまで目にしたことのない名前。それなのに大物たちに論じられている。きっかけは俗っぽい好奇心であった。論集を手に入れて、一通り目を通してみたものの、彼の作品を見る機会はみつからない。当時はまだいまのように彼の作品のDVDは一般には流通しておらず、いつになったら映画館で上映されるのかもわからなかった。

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トーマス・マン研究会の人々(S. Sakamoto)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2014-10-14 10:14
坂本彩希絵(長崎外国語大学)
「九州トーマス・マン研究会」は2014年1月に第100回を迎えた。会の発足は平成元年。以来年に4回ほどのペースで26年続いている。会場は当番制で、現在では九州大学箱崎キャンパス、同伊都キャンパス、西南学院大学、福岡大学、2周に1回長崎外国語大学で催される。週末の昼下がりに学生のいない静まり返った大学の一室で、論文発表のほか、国内外の重要文献の紹介・批評や、若手会員による学位論文の中間発表などが行われる。また、近年では会員の近況報告も兼ねて、トーマス・マン以外の作家や思想家に関する発表が行なわれることもある。その場合も、リルケ、カフカ、ユンガー兄弟、ブレヒト、バッハマン、バッハオーフェン、カスナー、ボイムラー、ケレーニイ、フェヒナーなど、トーマス・マンに影響を与えた思想家や、同じ時代を生きた作家が扱われることが多い。若手会員が真正面からマン作品を研究する一方で、重鎮は、トーマス・マンが生き、そしてその作品が育まれた土壌を掘り下げることによって、研究会に奥行きを与える、というのが近年の傾向だと言える。つい先日行なわれた第102回研究会でも、第1発表が「『業績の倫理家』トーマス・ブッデンブロークの没落」、第2発表が「エッセイの射程――ルードルフ・カスナー『アベ・ガリアーニ』をめぐって――」であった。

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中村朝子 (上智大学)
 2014年は 第一次世界大戦の勃発から100年になるが、この大戦下では多くの若いドイツ語詩人たちも命を落とした。ゲオルク・トラークル(Georg Trakl 1887-1914)もその一人であった。薬剤師試補としてガリチア地方の戦線に送られたトラークルは、1914年11月3日、クラクフ郊外の小さな町グロデークで激烈な戦闘を体験した数日後、クラクフの野戦病院で隠しもっていたコカインを過剰摂取して死んだ。27歳であった。その直後に遺骸はクラクフの共同墓地に埋葬されたが、11年後に、インスブルック郊外ミューラウの共同墓地に移された。

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西本美彦(京都大学名誉教授)
「京都ドイツ語学研究会」という組織が生まれて、来年には創立30年になろうとしています。色々な困難を克服しながら、この研究会は現在なお不思議なほどの生命力を維持し元気いっぱいで存続しています。年3回開催される例会(研究発表会)も今年の5月には第83回を数え、会員数も100名前後を維持しています。

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瀬川真由美 (麗澤大学)
 2013年の春、東京外国語大学で開催された日本独文学会春季研究発表会の1日目の夕刻、懇親会場で母校ということもあり、懐かしい面々に囲まれ気持ちよく「次回の春季研究発表会は麗澤大学で行います。タヌキもいます。ウサギもいます。皆様を私たちがお迎えいたします。どうぞお越しください。」と言ってしまいました。

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