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Michael Feldt (St.Paul’s/Rikkyo Universität)
1. Mythologische Grundlegung
2. Antike und klerikales Mittelalter: vita activa und vita contemplativa
3. Die Säkularisierung: Arcadia- und Paradies-Erinnerungen seit der Renaissance
4. Muße in der Aristokratie
5. Bürgerliche Anthropologisierung der Muße seit der Romantik
6. Zur Philosophie der Muße
7. Die Muße der Wanderer, Flaneure und Eckensteher
8. Rückzug der Muße in Stimmungskunst und in Impressionismus
9. Verdrängung der Muße und organisierte Betriebsamkeit

Liebe Kollegen, liebe Studenten, liebe Freunde!

Nach 39 Jahren akademischer Lehrtätigkeit – 9 Jahre an der Technischen Universität Berlin, 8 Jahre an der Tokyo Universität (zu Hongo), 22 Jahre an der St.Paul’s/Rikkyo Universität: Was liegt näher, als über Muße nachzudenken?! Ich möchte heute zu Ihnen über einige kulturgeschichtliche, vor allem literaturgeschichtliche Aspekte von Muße sprechen.

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鈴木 将史 (小樽商科大学)
私が学んだ北大文学部独語独文学科には、「独文学演習」と称する授業が金曜日の午前に開講されていた。この授業は学部・大学院共通科目で、学部3年から修士課程の院生までが出席し、青柳謙二教授のもと、近代ドイツ・オーストリア文学作品を読み進める内容だった。他にも水曜日午後には新妻篤教授が指導される文学演習が行われており、ここでは主に写実主義の作品を読んでいたが、C.F.マイヤーの『ぺスカラの誘惑』などといった、そうでもなければ絶対読みそうもない難解極まる独文と格闘できたことは今思えば幸いである。青柳先生の演習は、10名弱の出席者が順次作品を訳していくという極めてオーソドックスな方法で進められたが、先生が学生をあてるわけではない。つまり、自信のある学生が自ら申し出、先生の承認を得て訳し始めるという学生の自発性を妙に尊重した輪読制が取られていた。この方式をいいことに、当時学部3年生だった私は学期(通年制)半ばまで手を挙げず、授業のお客さんを決め込んでいた。だが、ある日教室に来てみると、他の出席者は誰も来ておらず、程なく現れた先生と二人だけの状態になってしまった。本当は別の誰かが来るまで待っていてほしかったのだが、私がまだ一度もやっていないのに気付いておられたのだろう、青柳先生は授業を始めるとおっしゃる。「じゃ…」と先生が私を見れば、私が訳す他はない。そうしてセミが鳴く中、汗だくになって支離滅裂に訳した作品というのが、ゲルハルト・ハウプトマン作『線路番ティール』(髭文字)であった。あの小説の後はシュニッツラー『グストル少尉』を読んだので、私がそこであたっていたら、今頃シュニッツラー研究に勤しんでいたかもしれない。とにかく爾来30有余年、まがりなりにもハウプトマン研究に手を染めてきたが、この稀代の劇作家を私は小説によって知ったのである。

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松岡 幸司(信州大学)
「50年間知っていたけれども,51年目になってその中身の重大さと恐ろしさに驚嘆するものがある.」今から170年前の1842年7月,ウィーンで皆既日食を見た19世紀オーストリアの作家シュティフター(Adalbert Stifter, 1805-1868)は,彼の手記『1842年7月8日の日蝕(Die Sonnenfinsternis am 8. Juli 1842)』の冒頭で上のように記している.

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岡山具隆(上智大学非常勤講師)
2012年3月28日から29日にかけて、箱根町強羅の静雲荘で第58回「ドイツ現代文学ゼミナール」(以下、「現文ゼミ」と略す)が開催された。この場をお借りして、一人の参加者の視点からゼミの紹介も兼ねて簡単な報告をさせていただきたい。

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眞鍋 正紀(上智大学非常勤講師)
今年はプロイセンの劇作家、ジャーナリストそして小説家であったハインリヒ・フォン・クライスト(Heinrich von Kleist, 1777-1811)の没後二百年にあたる記念の年、「クライスト年」です。それにともなってドイツ各地でクライストの戯曲作品を集中的に上演する複数の企画が進行しており(注1注1’注1’’)、クライスト関連のシンポジウムもドイツ国内のみならずアメリカを始めとして世界各地で開催されています。クライスト関連の研究書、文芸作品の出版も数多く見られ、クライスト全集として、新たにミュンヘン版(注2)も出版されました。この全集は、原資料をできる限り収録し、文献学的な註を充実させた大部のブランデンブルク・ベルリン版クライスト全集を、読者が手にとって読みやすいように簡略化した普及版です。

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ゾイメという作家(T. Hasegawa)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2010-9-13 12:53
長谷川嗣彦(元日本工業大学)
ヨーハン・ゴットフリート・ゾイメ(Johann Gottfried Seume)という作家をご存知ですか。1763年に生まれた彼の代表作は『シラクサへの散歩』です。これは、1801年から1802年にかけて、ドレスデン近郊からシチリア島のシラクサまでの旅行記です。帰路にはパリでまさに権力掌握直前のナポレオンを見たりしています。この旅行がその内容において、性格においてゲーテの『イタリア紀行』と大きく相違する点は、全行程をおおむね「徒歩で」旅したということから生じています。

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Großes Hebelfestと幸運な訳書(Y. Kinoshita)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2010-8-31 2:57
木下康光(同志社大学)
今年2010年はヘーベル(Johann Peter Hebel, 1760-1826 ) の生誕250周年にあたる。ヘーベルの誕生祭Hebelfestは毎年ヘーベルの故郷である上ライン地方でその誕生日である5月10日とその前後にハウゼン村を中心に祝われるのであるが、1860年の生誕100周年を第1回として25年ごとにGroßes Hebelfestが祝われてきた。今年は7回目ということになる。

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中島敦の独乙語の時間(N. Yamamuro)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2009-11-21 23:25
山室信高(一橋大学)
今年2009年は太宰治、松本清張、大岡昇平といった有名作家たちの生誕100年にあたり、各地で朗読会や講演会が開かれ、出版キャンペーンが相次いで張られ、関連映画も封切られるなどいつにない賑わいを見せている。これらの作家たちに交じって、やや地味ながら独特の魅力を湛えて同じく生誕100年を迎えているのが中島敦である。中島敦といえば、若い世代には国語の教科書に採り上げられている『山月記』によってその名を憶えている人が多いだろう。年輩の方々では中国古典に取材した『李陵』や『弟子』に感銘を受けたという人が多いと思う。私などは「ツシタラ(物語作者)」スティーヴンスンのサモアでの晩年の日々を描いた『光と風と夢』の爽やかな読後感が忘れがたい。

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Nevilleのこと(A.Fujimoto)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2006-9-25 8:35
藤本淳雄
新野守広さんからのお知らせとお勧めで、2月にヤエル・ファーバーの『モローラ』を観に行った。ギリシア悲劇のエレクトラとオレステイアの復讐物語を、南アフリカのアパルトヘイト廃絶後の現実から捉えなおした野心作である。上演された神奈川の青少年センターホールから、感動を抱えて桜木町の駅に向かう途上、思い出していたのはNevilleのこと、演出家か出演者にこのゲルマニストのことを尋ねてみたかった。

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シラー没後二百年祭(A.Aoki)[J]

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文学コラム
  投稿日: 2005-12-14 21:29
青木敦子(学習院大学)
 「『群盗』公演 ― 失敗?!」― 今回のヴァイマル・シラー祭のプログラムには、ちょっとしたハプニングがあった。予定されていたヴァイマル国立劇場の劇団主宰の『群盗』が、俳優の病気で急遽ベルリンの役者たちによる“Räuber-Short”と題されたパフォーマンスに変更されたのだが、公演が始まるや劇場は観客の怒りでいっぱいになってしまった。机を前にして座った四人の俳優が主要な役所の台詞を朗読、舞台向かって左側に腰掛けているのは合唱隊。そして、彼らのバックに置かれたスクリーンには、意味不明の映像が流され、それも次第に暴力的で残酷なシーンに変わってゆき、不快な電子音楽とともに際限なく繰り返されるので、途中で「止めろ!」と声を上げながら席を立つ聴衆もいたほどだ。公演後は、地元の新聞を筆頭に批判の声ばかり寄せられ、翌日の講演会に参加したドラマトゥルクは、「あれがなぜシラーの『群盗』なのか」、といった非難への対応に大忙しの様子だった。四人の俳優のうちの一人は、元赤軍派幹部の息子という話も裏で飛び交い、それがまた批判を助長したようである。翌日の『マリア・ストゥアート』は、シラーの作品をそのまま使ったものであったが、マリアとエリーザベトを除く役柄はすべて黒服を来た合唱隊だったので、誰が誰の役をやっているのかさっぱりわからない、というのが大方の感想であった。

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