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フリードリヒ・ヘッベル生誕記念の年によせて(Y. Suga)[J]

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ゴールデン・リレーエッセイ
  投稿日: 2013-10-7 11:08
須賀洋一(関西学院大学名誉教授)
ヘッベルは1813年3月18日に北ドイツの小さな町ヴェッセルブーレンに生まれている。町の規模からすると、不相応に大きな教会が町の中央にでんと控え、町のシンボルになっている。町の道はこのバルトロマイ教会を中心にして、各方面に放射線状に伸びている。私の書斎には、町に一軒しかない本屋で買い求めた小さな水彩画が掛かっているが、その絵は教会のやや青味がかった尖塔を囲んで左右に伸びているこの町の全景を描いている。今年は生誕200年ということもあり、さまざまな記念行事がおこなわれ、また詩人の没後150年ということもあり、ヘッベル協会が主催する詩人の生地へのバス旅行も企画されている。私はこれまでに四度ほどこの町を訪れているが、その度にヘッベルムゼウムの壁一面の本棚に、整然と並んだ研究論文に圧倒されたことを今でもありありと覚えている。1999年に訪れた時は、新聞記者の訪問を受け、翌日の新聞にれいれいしく記事がのり、面映ゆいおぼえをしたことが、いまになるとなつかしく思い出される。新聞の見出しは“Besuch aus Fernost im Hebbelmuseum”であった。
同じ北ドイツ出身の作家といえば、ヘッベルより五歳年下のシュトルムがあげられる。シュトルムは生涯の一時期を除けば、生まれ故郷のフーズムを離れなかったのにたいして、ヘッベルはハンブルクでファッション雑誌を発行していたショッペ女史にみいだされて故郷を出奔して以来、ウィーンで没するまで帰郷しなかった。しかしウィーン滞在中に執筆した『私の子供の頃』には、彼の生まれ故郷への愛着心が滲み出ている。隣の家との境目にあった「井戸」や、近所の牛乳商が飼う「牝牛」などが、幼いヘッベルの心に深く影を落としていて、後に彼の作品の中で大きな役割をはたしている。同郷の作家ということでシュトルムの方はヘッベルの作品、とくに詩に関心をよせて、ヘッベルの詩を素材にして詩を作ったりしている。ヘッベルもシュトルムの名前は耳にしていたであろうが、彼がシュトルムの作品について言及した記録はない。同郷の出身としてのライバル意識が働いたのであろうか、これと同じ現象が同い年のワーグナーとの間にもみられる。「ニーベルンゲン」という同じ題材を元に作劇をしたことにもよるであろうが、この二人がウィーンの街角ですれ違った時、お互いに目もあわさずに通り過ぎた、というエピソードが伝えられている。

ワーグナーは音楽で、シュトルムは抒情溢れる散文作品で日本人には総じて馴染みが深いが、ヘッベルは劇作を中心に活躍をした作家であり、舞台をみずに、台本となる作品のみを読むことは、ドイツ文学を専攻する人は別として、一般の読書人は、特にヨーロッパの歴史から遠く離れている日本人の場合は、距離をおくことになってしまう。戯曲は舞台での上演により、その真価を発揮するものであろう。旧約外典「ユーディト書」のヒロイン、ユーディトを主人公としたヘッベルの処女作であり、また彼の名を有名にした『ユーディト』を初め、彼の戯曲はほとんどが歴史劇であり、読み物としては、一般の日本人には、先にも述べたように、取りつきにくいが、ヨーロッパの歴史を理解するテキストとしては、学生には有益であろう。2003年の『ヘッベル年鑑』にSadkowska氏が、1890-1939年と、年代はさかのぼるが、ガリチアのギムナジウムでのヘッベルの作品がテキストとして用いられた作品名をあげている。『ニーベルンゲン』をはじめ、歴史劇がほとんどであるが、その中でヘッベル唯一の現代劇である『マリア・マグダレーネ』がしばしばとりあげられている。婚約者に妊娠させられ、あげくの果てに捨てられて、世間体を恥じ、自ら井戸に身を投じる娘の悲劇であるが、「シングルマザー」という言葉が、ごく普通に用いられている現状では、時代にそぐわないように思える。にもかかわらずこの作品は、現代でもよく上演されている。かつて私が1999年、ヘッベル協会の前会長であったHӓntzschel教授のお世話でミュンヘン大学に滞在していた時、この前後の年は、ドイツの各地でこの作品がよく上演されていたことが記憶に残っている。ミュンヘンでは三月から十二月にかけて、月平均二回の割合で十ヶ月にわたって上演されていたが、それにはヘッベルのこの作品が現代に訴えるものがあるからであろう。

いまではほとんど大学の中級用のテキストとして使われなくなってしまったが、ヘッベルの短編小説にも、現代に通じるものがあるように思える。たとえば『牝牛』と言う作品を例にとってみると、主人公のアンドレアスは、爪に火をともすようにして蓄えた紙幣を蝋燭にかざして見ている。やっと手にいれることができた牝牛の到着を、紙幣を包んでいた新聞紙を燃やしながら待っているが、なかなか来ない。そばでは彼の子供が父親の仕草をみている。待ちきれなくなった彼は玄関口にでてみる。その間に父親の仕草をまねて子供は紙幣を蝋燭の火で燃やしてしまう。これを知った父親は子供を壁に投げつけ殺してしまい、自らは屋根裏部屋に行き、縊死してしまう。そこへ牝牛を連れて、主人の妻と一緒に帰って来た下男が頭を割られて死んでいる子供をみつけ、驚いてアンドレアスを捜しに、蝋燭を片手に屋根裏部屋へいき、登ったところで、首を吊ったアンドレアスの足につきあたり、転げると、蝋燭の火は干し草に燃え移り、赤く燃える炎に興奮した牝牛は、燃え盛る家の中に飛び込んでいった。悲劇のうえにさらに幾重にも悲劇を重ねることにより、絵空事のむなしさを通して、逆に現実のはかなさを感じさせる。最近の、殺人に殺人を重ね、これでもか、という具合に、悲劇的事件を重ねていく日本のテレビドラマにたいして、ヘッベルのこの短編小説の手法がいつも頭に浮かぶのである。

須賀洋一(関西学院大学名誉教授)


バルトロマイ教会


ヴェッセルブーレンの風景画


ヘッベルの生家

*掲載写真3枚は、本人の撮影による。
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