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ソラク・シンポジウムに参加して(M. Watanabe)[J]

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理事のリレーエッセイ
  投稿日: 2012-11-25 22:43
渡辺 学 (学習院大学)
韓国独文学会 (KGG、韓国獨語獨文学会) のご厚意により、日本独文学会からの招待者として2012年8月から9月にかけての数日間、「近くて近い国」大韓民国を訪れ、ソラク・シンポジウム(8月31日~9月2日)に参加する機会に恵まれた。筆者にとっては、ソウル大学を会場としてアジア・ゲルマニスト会議が開催された2006年以来、実に6年ぶりの韓国再訪である。
やはり思った通り極端に短い水平飛行のあいだぼんやりとスクリーンや外を眺めていたが、ほどなく下降を始めたアシアナ機は30分遅れで滑走路に降り立つ。「えっ?遅延のない飛行機ランキングの上位会社なのに?」と正直思わされる。インチョン空港(仁川国際空港)のアジアの拠点(ハブ空港)化促進が関係しているのだろうか。延着の兆候は成田離陸時からすでにあった。「シガネヌジョソ ミアンハムニダ!(時間に遅れてごめんなさい)」「ケンチャナヨ!(気にしなくていいよ)」。出迎えてくれた友人Aとのやりとりで、ソウルに降り立ったことを実感する。なぜか「オソオセヨ、ハングク!(ようこそ韓国)」のセリフが耳のなかにこだまする。空港からは、香港のそれを彷彿とさせるような、空港特急でソウル中央駅に向かう。これは速くて快適だ。ソウルの体感温度は東京より7~8度は低い。東京の炎暑でくたびれ果てた身体にはそれがなんとも心地よい。

一日目はシンポジウムの招待講師、ハイデルベルク大学勤務が長かった翻訳論の大家Christiane Nord教授を含めて、KGGの数名で「ロマン」といった名称の韓国風居酒屋の歓迎会に参加。マッコリを飲み、肉と野菜のバランスのいい料理に舌鼓を打ちながら、韓国にいることを実感する。居酒屋での会食が終わると、肌寒いほどの雨の中、ソウルの街を徒歩で少し移動して、「純喫茶」でお茶をする。いかにも韓国(の欧)風を強調してある店構えとインテリアだ。雨上がりの街を歩きつつ、自分の中の季節が夏から秋へ急に進んだ気がする。

翌日はキョンジュ(慶州)に特急で移動する。「日本の京都か。いや逆だろう。京都が日本のキョンジュだろう」、などと思いながら、特急で参加者数名と一緒に小旅行とあいなった。2011年度の「(蓼科)文化ゼミ」とも似て、「ソラク(山)・シンポジウム」は、このところ、ソウルの比較的そばのソラクではなく、キョンジュで開かれているらしい。今年が19回目、次回は記念すべき20回目の開催ということだ。

肝心のシンポジウムのことを語ろう。総勢の参加者は40名強だろうか。ドイツ語のネイティヴも6~7名ほどはいた。みな韓国語がうまい。韓国という国が、またそこに住まうひとびとがそうさせるのかもしれない。Nord教授の講演は3つ。翻訳論の概説、歴史、応用可能性。文字通りあらゆる領域をカバーしていた。身振り手振り豊かに、マイクなしで聴衆に語りかける。そのエネルギーは感服に価する。話の中身は、語彙論、意味論、記号論、応用言語学、異文化コミュニケーション研究の知見がクロスするものとなっていた。「翻訳」をキーワードに言語研究を横断し、たばねる可能性の一端を垣間見ることができた。参加者の発表も、中堅から若手まで幅広く15本強はあった。この手の催しにはありがちなことだが、ディスカッション、質問の時間がすくなかったことが少々惜しまれる。翻訳者・通訳者養成のアジアの拠点といっても過言ではない韓国外国語大学(いわゆる「ウェデ」)の関係者からはとくに、実践と理論のはざまの翻訳の最新事情が聞けた。筆者も、解釈学や異文化コミュニケーションと翻訳の諸問題を関わらせながら発表を行った。「解釈学が専門ですか?」とあとで訊かれる。「それもちょっとやってます」と答えておいた。ドイツのキャリアとしては、ハイデルベルク、ヴッパータール、エアランゲン、ミュンスターなど、いろいろな大学町を背景としている韓国人が集い、中にはドイツで働いているひともいた。新しい知己が5人はできた。

発表の仕方、議論の仕方はどこか「熱い」。その空気に触れていると、ソウルの漢江(ハンガン)の流れが思い浮かび、ひとびとの行きかう街並み、そのさんざめきがどこか体感される。こちらもいつのまにか「熱く」なっている。ひとびとに順応したのか、まわりの空気に染まったのか。

学術討議に明け暮れる時間帯の合間には親睦の時が設けられている。昼間はキョンジュの宮廷や名所を案内されながら、ドイツ語、ドイツ語学文学、アジアのゲルマニスティクの話をした。「アジゲル」などの体験がよみがえった。夜の部のこと。「日本風の韓国人」と「韓国風の日本人(わたしのこと)」がテーブルを同じくして、お互いに相手の国の魅力を語る。いわゆるほめあいっこ。マッコリを飲みながらの歓談は月明かりのなかいついつまでも果てることがない。そんな中、文学研究を中心としているふたりから、「KGGの招待枠以外にも、JGGから「自費」ででもソラク・シンポにもっと多くのひとに参加してもらいたい。大歓迎だ。われわれもJGGの行事にもっと出たい」、との話があった。「議論と学術交流を深めていくために」。思わず耳をそばだてた。隣国関係のなかでありうる近未来図だろうか。グローバル化に伴う食文化の多国籍化をもじっていえば、German studiesのアジアにおけるfusionのひとつのあり方……。

忘れられないシンポ会場(コロンホテル)での食事中のひとこまがある。韓国ではお汁ものを基本的にスプーンで食べる。日本の味噌汁にあたるようなものの場合のことだ。Nord教授にとっては、このように箸を補助的にしか用いない韓国流の方がありがたいという。ちなみに国際会議派の教授にはまだ来日経験はない。こうしてドイツ的な第三の視点を入れることによって、箸、ナイフ・スプーン・フォークにそれぞれ焦点を当てた食卓における行動の異文化比較に新しい突破口が開かれる。日常(性)の記号論や異文化コミュニケーションのトピックであるが、その根っこには「文化のトランスファー」の可能性と限界の問題性がある。

シンポが終わり、キョンジュからソウルへ。大いなる充実感とわずかの疲労感をかかえつつ、公的業務を終えたその日の夜は、筆者が1987~88年、96~97年に滞在していたミュンスター時代に知り合った4名と再会し、しばしの時を共有する。たとえば、ドイツ語の達人でもある友人Bは、1989年いわゆる天安門事件のドイツでのラジオ放送ニュースを「カセットテープ」にとっていち早く日本の筆者のところに送ってくれたひとだ。当時政治・時事的分野でのこちらの語彙が乏しいことをおもんぱかってくれたのだろう。ドイツの新聞紙上で目にはしていた„der Platz des himmlischen Friedens“という表現はたしかそこではじめて聴覚的に確認した。昔も今もみなとても「熱い」ひとたちだが、腹蔵なく話せる気のおけない仲でもある。ベルリンの壁の崩壊の前後の時期、「同じの飯」を食っていた仲間たち。当時の思い出話、現状報告のうちに、「いじり、いじられ」ながら時はあっという間に過ぎていく。同席できない何人かとは先にふれた友人Aの携帯で話す。注文のときCは、プルコギよりはカルビを食え、という。上等な焼肉はえらくおいしい。今回世話になっているからおごろうとすると、「おれは学部長だ」といってひとりがレジに向かっていく。で、こちらは二次会のお茶代をもつことにした。これも韓国流。ソウルの地下街を抜けるとき、「歩き方がおまえ80年代の終わりと同じだなぁ!」などといいながら、思い出にふける。こんな一見他愛もない時間と経験の共有のなかから、もしかしたらいつのまにか学術交流もすこしずつ先に進んでいくのかもしれない。日本の現状を絶対視せず自足しないで、はすかいから眺める目線も出来てくるだろうか。

チェジュド(済州島)の友人と通話したら、ワークショップを一緒にやらないかとのお誘いがあった。それにソウルの友人がどうも2名、12月中に来日するらしい。また、何か彼らとも言葉を交わす機会があるのだろうか。インチョン空港に向かうバスのなかでこう自らに問いかけた。

渡辺 学 (学習院大学)
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