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〈他者性〉に対して拓かれる――東京演劇アンサンブル『避暑に訪れた人びと』公演(2010.9)に参加して(S.Otsuka)[J]

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演劇批評
  投稿日: 2010-12-25 0:50
大塚 直(愛知県立芸術大学)
2010年は、チェーホフ生誕150年にあたる年だった。そのような記念すべき年に、ブレヒト作品の上演で有名な東京演劇アンサンブルと一緒に仕事をする機会に恵まれた。かつてペーター・シュタイン指揮下の黄金期ベルリン・シャウビューネが、後の劇作家ボートー・シュトラウスをブレーンに据えて〈チェーホフ劇〉として取り組んだゴーリキーの戯曲『別荘人種』を、新たにドイツ語改作版をオリジナルの一次テクストとみなし、『避暑に訪れた人びと』と題して翻訳、ドラマトゥルクとして公演に携わったのである。記録的な猛暑となった8月に立ち稽古を重ね、レクチャーや飲み会等を通じて絶えず劇団員に寄り添いながら、9月半ばに彼らの本拠地「ブレヒトの芝居小屋」で作品を上演した。このエッセイでは、彼らの集団的営為に触れて感じたことを手短に綴ってみたい。
この作品を上演するきっかけとなったのは、テクストに備わっている自己言及性の構造に着目したからであった。1904年にペテルブルクで初演されたゴーリキー原作では、1870年代の「ナロードニキ運動」の洗礼を受けて育った、ロシア革命前夜を生きるインテリたちが主人公である。彼らは文学や芸術をめぐって激しく議論を戦わせながら、収入の安定した中年期を無為に過ごす自分たちの生き方を自問自答している。トルストイやドストエフスキーといった「大きな物語」とともに政治の季節が終焉を迎え、急速に近代資本主義が蔓延していく時代に、俳優たち自身が自らの存在意義を虚しく自己言及的に問いかけるという作品構造をそもそも持っていたのである。

そのために、ベルリン・シャウビューネが1974年にこの作品と取り組んだときも、1968年のパリ5月革命以降の、もはや「大きな物語」が信じられなくなり、それまで何か大切だったものが急速に消失してしまったという喪失感が、演出の根底に置かれている。自分の存在感がどこか希薄に感じられ始めた時代に、原作に見られるインテリ連中の人間模様を、新しい演劇的営為を求めて格闘する彼ら自身の物語に置き換えて上演、大成功を収めたのである。

そして2010年、一連の金融危機や、民主党政権による事業仕分け、芸術文化行政における助成金削減の不安などから、東京演劇アンサンブルでは再び悩めるアンサンブル自身の物語として、この作品の舞台化を試みた。原作のインテリに何ができるか、という問いかけは、演劇的営為を通じて今まさにこの劇団に何ができるのか、という問いにラジカルに置き換えられ、登場人物の自問自答が、そのまま演劇や芸術に携わる人間の根源的問題として投げ出され、自己言及的な調子で問いただされる。考えてみれば、原作の背景にある〈チェーホフ劇〉のモスクワ芸術座から、現代における改作劇上演の模範となったベルリン・シャウビューネを経て、過去の演劇的営為に連なりながら東京演劇アンサンブルへという、世界の演劇史に学び実践する大胆なコンセプトであった。

その上演にいたる過程で、過去の優れたテクストから学ぼうとする1970年代ベルリン・シャウビューネの姿勢と、長らく東京演劇アンサンブルを牽引してきた伝説の演出家・広渡常敏の演劇論がたびたび我われの議題となった。演劇によって何が変わるのだろう。多くの俳優がバイトで生計を立てながら稽古に励むなかで、彼らは演劇的営為によって一体何を得ようというのか、演劇の現場に接して根本的な問いが胸にわいてきた。

広渡常敏は、現代演劇では当たり前になっているプロデュース制公演には反対して、劇団という一個の人間集団、アンサンブルのなかで生育していく俳優に深い愛情を注いだ演出家である。劇団の外部から演出家を呼び、商業ベースに基づいてイケメン俳優ばかりを集めて芝居を作るのではなく、ある演劇集団に所属する俳優一人ひとりが舞台芸術を通じて相互に経験を共有しあいながら、お互いに演技と人間的な成長を見守ろうというスタイルに、現代の高度資本主義に抵抗するコミューン的なあり方、ないしは人間であることの尊厳を見出そうとしたのだ。

集団的経験を通して学びあおうという姿勢から、広渡は俳優の才能やオリジナリティに対しては終始批判的で、むしろ俳優が舞台上で自分自身を曝け出すこと、優れた戯曲テクストとの格闘を通じて、それまでの自分のあり方を内省し変化させることを重視していた。広渡は言う――「自分には才能がないのじゃないかとおもいはじめるとき、はじめて才能というものがその人の内部に生まれようとしている」。才能がないからこそ、役者は想像力を働かせ、それまでの自分にはなかったものを創り上げようとする。役柄を掴もうとする俳優は、いわばゼロの自分を舞台上に投げ出しながら、いまだ未知なる〈他者性〉に対して次第に自分自身を拓いていくことになる。まさにそこから、他の何ものにも代えがたい充実感が得られるのだろう。

このように自分を掘り下げていく行為を、アメリカの黒人詩人ラングストン・ヒューズの言葉を借りて、広渡は“DIG”と呼んでいた。そしてジャズメンの演奏のように、硬直化した自分を砕き去って、いまだ見ぬ解放された、もうひとりの自由な自分を発見することこそ、彼の考える演劇的営為なのであった。最終的に、舞台上で観客が目にするのは、この俳優自身が〈他者性〉に向けて格闘していく、その生き様なのだ、ということになろう。

奇しくも原作者ゴーリキーは、この戯曲と同時期に書かれた評論『個性の崩壊』(1908)のなかで次のように述べていた――「芸術は個人にも可能である。しかし創造の能力を有するのは集団だけだ」、と。東京演劇アンサンブルは、文字どおり「アンサンブル」=集団的営為の新しい可能性を模索しながら、広渡亡き後の劇団が持てる個性も、格闘する姿もすべて舞台上に曝け出して、この作品と真剣に向かい合ってくれたのである。

『避暑に訪れた人びと』の演出は、広渡の盟友であり、俳優座養成所を卒業した劇団三期会の結成メンバーでもある入江洋佑が担当した。喧騒のなかでの心の虚無感を表象している青を基調とした宣伝ポスターが用意され、舞台美術はロシアの避暑地の森をイメージさせる深い緑であった。中央には俳優が自分自身に向かって演技するための円形劇場が築かれ、総勢16名の様々な人びとが浮かび上がっては消えていった。しかし途切れることなく、舞台空間には常に巨大な声のざわめきが鳴り響いていた。そしてそれは、まるで冷たいナイフのように深く心に突き刺さり、激しく問いかける、情け容赦のない悲痛な言葉の群れだったのである――。

言葉を経由させながら、最終的には俳優その人の実存が舞台空間に立ち現れる姿を目撃するのが演劇であろう。演技のうまい下手を超えて、彼らはしっかりと「言葉」を我われまで届けてくれた。本当にいい作品をじっくりと見せてくれたと思う。古典作品をいかにアクチュアルなものとして現前させ、表現者と観客が一体となって、そこから何を学ぶことができるか、今後の彼らの活動に注目したい。


(立ち稽古)


(ゲネプロ)

大塚 直(愛知県立芸術大学)
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