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学習記録を通して見るドイツ語学習(D. Iwasaki)[J]

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外国語教育コラム
  投稿日: 2010-2-23 22:14
岩﨑大輔(昭和音楽大学非常勤講師)
ドイツ語の授業を大学や高校で担当してから7年が経つが、数年前から私の授業では受講する学生に学習記録をつけてもらっている。学習記録の話をいろいろな先生方にお話すると、それはどういうものですか、と聞かれることが最近多くなった。学習記録を授業に取り込んだ直接のきっかけは独文学会、ドイツ語教育部会共催のドイツ語教員養成・研修講座に参加したことだ。大学院を出たらドイツ語を教えるということに関してそれまでは漠然としか考えていなかったが、講座を通してドイツ語教育、外国語教育、教育一般などに目を向けることができるようになった。その中で学習状況を記録するという勉強方法やポートフォリオというものに出会った。自律した学習者を生み出すために、学習記録を通して学生自身に考えてもらうことができるのではないか、ドイツ語を勉強しているけれどもどの程度身についているか良く分らない、といった学習者の戸惑いを少しでも解消することができるのではないか、と考えてさっそく学生たちに書いてもらうことにした。
現在の学習記録のタイトルは「ドイツ語学習セルフチェック表」である。年度初頭時に学習記録の目的を説明し、大学卒業後を含めた長い人生の中でドイツ語とどう関わっていくのかを考え、「ドイツ語学習の大目標」を、その目標に到達するためにこの1年どう学習するかを「今年度の目標」として書いてもらう。記録は1ヵ月に1度のペースでつけてもらうのだが、まず「予習はどれくらいした?(1コマあたり)」、「復習はどれくらいした?(1コマあたり)」の質問に「~分くらい」と記入してもらう。次の「自習時には声を出してドイツ語を読みましたか?」、「授業の内容、学習項目はわかりましたか?」の問いには4段階の1つを選んで丸をつけてもらい、以下「学習の収穫は?」、「学習の反省点は?」、「現段階のドイツ語の学習動機はなんですか?」、「今後の自分の学習目標を立てましょう」に自由に記述してもらう。「学習の収穫」はドイツ語に直接関係してなくてもよく、遅刻しなかった、授業中にしっかり声が出せた、グループワークのときに知らない人とでも少しずつ話せるようになってきた、なども立派な収穫であることを説明している。最後に授業を改善するための項目として「授業の感想を書いてください」、「講師の感想を書いてください」を設けてある。実施方法や記述項目は毎年修正しているので、現在のものでもまだまだ改善しなければならない点は少なくない。

学習記録の目的として私が説明するのは、ドイツ語の学習を通じて自分の学習傾向と対策を見つけてほしいということ、それが分かるようになっていけば、将来ドイツ語学習を再開する際に、あるいは新たな外国語を学習する際に自分に適した方法がわかるので混乱しない、ということである。これは学習ストラテジーの習得や発見とも関連しているが、学習者が分からない問題や困難な課題に出会ったときに、どのような処理方法があるのかを見つけ、解決へといたることが出来るようになれば、外国語学習以外の問題に直面したときにも、自分の性格や状況を考慮して同様に対応できるかもしれないと私は考えている。そのため、このような記録を残しておけば、あるいは自分自身のことを見つめて長所と短所をよく把握しておけば、大学における学習一般、卒業後の仕事や家庭内で出会う困難に際しての対応にも役立つことかもしれないという点も説明している。

私自身、自分のできていないところを見つめることが嫌で、欠点を自覚しているからこそ、見ない振りをすることが多いし、他人に指摘されると当然いい気はしないのだが、授業に導入して驚いたことは、学生たちは非常に素直に記録をつけてくれるということだ。自分の長所や短所を見つめ直して記録するという作業に、はじめは学生たちは戸惑いながらも、書いていくうちに動機の見直しや学習目標の設定方法そのものを学んでいき、最終チェック日には記録は立派なものに仕上がる。例えば「毎日30分はドイツ語を勉強する」という目標がどれだけ大変なことか分からなかった学生が、記録を重ねるうちに「授業のある日は少しでもいいから電車の中で教科書を見る」と目標を変化させ、自分で立てた目標が達成できるという喜びと満足感を見出していく。必修科目だから単位をとらなければならない、特に興味はない、といった消極的な学生も当然いるが、単位取得という最低限の要求に対しても、そのために必要なことを自分で考えて行動して欲しいという願いがある。フランス語やイタリア語にしないでドイツ語を選択したのには何らかの理由があるでしょう?と説明して、最初はしぶしぶ書いていた学生が、学習していく中でドイツ語学習の立派な動機やドイツに対する高い関心を抱くようになったときは非常に嬉しいものだ。

授業の感想に含まれている学生の不満や質問を確認するため、記録をつけた後は回収し、私が保管する。学習記録を導入した最初の数年は学生自身に保管させ、いつでも自分の学習目標を確認できるようにしていたが、紛失する学生が多かったため、やむを得ず回収している。その際気をつけているのは、記録された内容に不満があっても学生にそれを伝えたり、コメントを書いて返却するということをしないということだ。あくまでも学習の主体は学生たち自身なのである。そのため授業以外の勉強時間が毎回0分と記入してあっても絶対に「もっと勉強するように」とは言わず、勉強の必要性を学生自身が感じ始めるまで待っている。

こうした学習記録を今年度も200枚弱回収した。それらを眺めて判明するのは、ドイツ語を専門としない学習者の多くは授業時間以外はほとんどいっていいほど勉強をしていないということだ。実際に授業時間外に復習をする学生はごく一部にすぎず、前回の学習事項もすでに忘れている状態にあることが多い。ドイツ語に限らず、FDアンケートの結果を見てもこれは毎年の傾向であるから、多くの大学でも似たような状況なのではないかと思う。学生の学力が二分化し、さらに勉強そのもの、学校に来ることにすら慣れていないと思われる学生も含まれるようになってきた。学生の反省は一見すると非常に深刻かつ自分に対して厳しいものが多いが、実際には見かけ上の反省が多いので、学習習慣をどこにどのように各自の学生生活に取り込んでもらうかに苦労している。しかしながら、だからといって学生たちの学習意欲が弱かったり、学習動機を見出せていないというわけではない。ドイツ語ができるようになりたくて、いつも勉強をすることを心がけている学生、ドイツの音楽大学に留学をする予定という動機を持つ学生でも実際には予習、復習をほとんどしていないという状態である。この結果をどう受けとめ、学生にどのように接するかは人それぞれであると思うが、こうした学生の学習状況を非難するわけでも、否定的に捉えるつもりもなく、私はこの現状を受け入れることを授業づくりの出発点にしている。現在では授業時間以外に勉強をしなくても授業についていけるように学習項目や授業内活動を選び、前回の復習時間を多くとったり、ドリル式の書き取りプリントを書いてもらったりもしている。進度は当然遅くなり、教科書が1年で1冊終わるには程遠いペースだ。幸いなことに学校側から学習範囲を指定されていないので可能だが、範囲指定があればこうした授業運営は難しいだろう。

授業から講師控え室に戻ると、「こんなこともいまの学生は出来ない、教えたのに覚えていない」という語学担当教員たちの不満を耳にしないことはない。教師には学習者に伸びてほしいという願いがあるからこそ発せられる言葉であろうが、各教員が授業中に模索しながら行っている活動にまで話題が進展することは残念ながら少ない。シラバスで1年間でこの項目までは進むと定め、その計画通りに授業が行われたとしても、教師一人が満足していて学生たちが分らないままでは意味がないし、その結果を学生の勉強不足という言葉だけで片付けたくはない。しかしながら現在のやり方では1年、あるいは2年授業に出てもここまでしか勉強できていない、こんなことでいいのだろうか、という自問がなくなることもない。そのため学生が満足すればそれでよいのか、教育者としてもっと高度な内容を教え込むべきなのか、授業のたびに毎回悩んでいる。

ドイツ語教員間の授業内活動の情報の共有に関してはいくつか方法があることはもちろん承知しているが、教育部会の機関誌『ドイツ語教育』は研究色が強く理論的だし、メーリングリストdeutschにはなかなか投稿しづらいと感じている。各ドイツ語教師が実践している授業内活動や工夫を集積すれば若手教員にとっても大きな財産となるはずだ。多くの先生方が持っている授業のノウハウや工夫をもっと知ることができる場として、ドイツ語教師が授業を運営するための具体的なアイディアを紹介したり、ドイツ語に関する疑問点を解消してくれるような手軽な雑誌などがあればいいのにと願うのは私だけだろうか。

岩﨑大輔(昭和音楽大学非常勤講師)
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