語学ゼミナールの世界(H.Miyashita)[J]   作成日:2009/05/01
語学ゼミナールは例年8月下旬から9月上旬に開かれる。期間中、参加者は宿のセミナー室に缶詰めとなり、残暑きびしい夏を忘れて講演を聞き、議論する。夏は、遠くにかすかに聞こえる蝉の声や、休憩時にロビーの窓から差し込む強い日差しに、時折感じられるばかりだが、ゼミが終わって最終日に外に出ると、とたんに現実の夏世界に引き戻される。語学ゼミが別世界であったことに気付く瞬間である。充実感と同時に、いくぶん寂しいような気がするのもこのときである。語学ゼミに参加されたことのある方は、私だけではなく、他にもこのような感慨を共有している方が少なくないと思う。
語学ゼミが別世界のように感じられるのは、おそらくその充実した内容のためだろう。ゼミでは招待講師の講演を聞き、不明な点は質問しながら新しい知見を得、参加者はドイツ語で発表を行い、発表内容について招待講師も交えて議論する。日本語で発表し議論する機会はいくらもあるけれど、このようなドイツ語漬けの環境は、国内ではあまりない。またさまざまな大学でドイツ語研究に関わるメンバーが一堂に会し、4日間という期間をともに過ごすという機会は、今のところ語学ゼミをおいてほかにないだろう。このような特性が、語学ゼミをとりわけ魅力ある世界に仕立て上げ、後に一抹の寂しささえ感じさせるような充実感を与えるものとする原因となっているのだろう。

大学院生の頃から現在までの記憶を個人的に振り返ってみると、この語学ゼミで様々な体験ができたと思う。

まずゼミの趣旨でもあるのだが、言語学の中でもそれまであまりなじみのなかった分野を知ることができた。招待講師の専門分野は多岐に渡るが、たいていの場合、その分野の導入的な講演から始まり、異なる分野の者にも理解しやすいよう工夫されている。言葉に対する様々なアプローチについて知ることは、自分の研究を豊かにするのに役立っている。

また語学ゼミはドイツ語で発表する訓練の場でもあった。私が大学院生のときに初めてドイツ語で発表したのはこのゼミにおいてだったし、おそらく現在海外に出向いて活躍されている方々も、多くが同じような道筋をたどっておられることだろう。最初から海外の学会で発表を行うのはハードルが高いと思われる大学院生や研究者には、語学ゼミは国内の格好の練習の場だといえる。

さらに語学ゼミならではの体験は、やはりそこに集まる人との交流だろう。同じく言語学に携わるメンバーと、夜な夜な多少酒も交えつつ、じっくりとドイツ語や言語学や学問について語り、またさまざまな情報交換を行えるのは、二日間の学会ではできない、とても有意義な体験である。特に日頃の活動の場が大都市圏になく、そのような機会の少ない私にとっては、この点がたとえ発表しなくとも語学ゼミに参加したくなる、大きな魅力となっている。また大学院生にとっては、他大学の大学院生と交流を深め、他大学の教員と話すことのできるよい機会だと思う。

今日の語学ゼミの世界は、これまでのゼミの関係者の様々な努力によって形成されてきた。私が参加するようになってからはまだ10年に満たないが、今年で37回目を迎えるということで、それより四半世紀以上も前から、世代を超えて継続して行われてきたことになる。まさに日本のドイツ語研究の歴史とともに歩んできたといえる。近年ではゼミで行われた発表が独自の論集や学会誌の一部となるに至っている。語学ゼミを現在の姿に築き上げてきた方々の努力に敬意を表したい。

近年は招待講師もいわゆるドイツ語学に留まらず、言語類型論、文法化研究、心理言語学の研究者など、非常に多彩になっている。昨年(2008年)はハンブルク大学の Redder 教授をお招きし、ドイツ語圏で発展した語用論理論である機能語用論の分野に触れることができた。参加者も例年に比べて多く、また韓国からのゲスト参加もあり、とても活発な学問的交流の場となった。今年は8月25日~28日の日程でポツダム大学の Féry 教授をお招きし、京都にて行われる予定である。詳しくは学会ホームページもしくは『ドイツ文学別冊』の案内をご覧いただきたい。

語学ゼミの世界は以上のようにさまざまに活用可能な魅力ある場である。今年もまた夏を忘れる語学ゼミで、多くの皆さんと学問的交流を深めたい。