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「ゆるやかな」結合と「緊密な」結合(Y.Wakisaka)[J]

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アジア・ゲルマニスト会議関連
  投稿日: 2008-3-11 21:25
脇阪 豊
Fritz Heider の論文 Ding und Medium (Berlin 2005)は、もともと1926年ベルリンのある雑誌に発表され長い間入手困難であったが、Dirk Baecker氏によって復刻刊行された。ハイダーはいわゆる「帰属理論」その他を通じて、今日の認知心理学や社会心理学の基礎づくりに重要な貢献をしたことで知られる。上記論文は、ときにアリストテレスのMedium 考察(「心について」)やヘーゲルの媒介理論(『精神現象学』)を想起させる文脈の中で、感覚と知覚の諸問題を緻密に論じている。全編の主題は「構成要素結合」の普遍的基準である対概念lose / fest の構築である。その媒質論の核心が示されている。当時カール・ビューラーがこれに注目し、ハイダーをウィーン大学に呼ぼうとしたが果せなかった。そしておよそ60年後、社会学者ニクラス・ルーマンは、ハイダーの対概念のなかに「非対称的」でありつつ「相互補完的」な関係、そして二つの原理「排除」と「包摂」の共在を読みとり、これをMedium(lose) / Form(fest)の関係に再形式化し、その後期コミュニケーション理論の中軸にすえた。この「媒質と形式」は、「経済」、「法律」、「教育」、「芸術」そして「科学論」などの諸考察から、マスメディアの「現実」や「愛」のはたらきの分析に至るまで、多層・多面的に適用され、ライトモチーフとして繰り返されている。その旋律はパーソンズ以降「最大の社会学理論家」による未完の「社会システム理論」に相応しい。
2007年の夏、久しぶりにドイツやオーストリアなどで過ごした。それまでとは違って、まったく気楽な滞在だった。ただ一人だけ、ひそかに出会いを期待していた人物がいた。上記のベッカー氏である。ご存知ないかたでも、同氏がビーレフェルト大学のルーマン教授のもとで学位と教授資格を取得したと聞けば、あるいは「なるほど」と合点されるかもしれない。その仕事は多彩で、ルーマンと一緒にアメリカの造形美術家 Fr. D. Bunsen を交えて現代芸術のあり方を論じ、後にはルーマン晩年の講義記録2冊を編集刊行してもいる。

8月末、なかなか所在がつかめなかったベッカー氏が、ボーフム近郊のWitten/Herdecke 大学から、ボーデン湖畔のフリードリヒスハーフェンの Zeppelin大学に「文化理論・分析」講座担当者として9月1日着任予定だと、大学のHPで知った。9月7日に大学の住所で送った手紙には、私のメールアドレスを加えておいた。13日、半信半疑でいたところへメールが入った。「今日は私の仕事始めの日です。すばらしい晴天で、湖からのそよ風がはいってきます・・・」。続いてビューラーに寄せていたルーマンの関心、ハイダーと情報理論家C.E. シャノンとの対比など、短いが的確な指摘が続いている。フリードリヒスハーフェンの風景には1960年M.ヴァルザー氏を訪ねた記憶が重なる。しかし滞在中のデュッセルドルフからはいささか遠い。帰国まで、私の予定表にはすでに空欄がなかった。「ことによったら、日本で会えるかもしれませんね」と今度はメールを送ることにした。

コミュニケーションとメディアについて、果てしなく錯綜する議論をそろそろ整理するときかもしれない。異なる分野の人々が集まり、領域を越えたゆるやかな、そして緊密な対話が出来ればと思う。おたがいの発想の転換も必要だろう。しかしこの老人にそれが出来るのだろうか。さまざまな思いに駆られるこのごろである。

脇阪 豊
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