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ヴーテノー先生を讃えて(T.Takatsuji)[J]

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ゴールデン・リレーエッセイ
  投稿日: 2007-12-22 11:10
高辻 知義(九州産業大学)
この春、フランクフルト大学のラルフ・ライナー・ヴーテノー名誉教授が、日本独文学会の招きで来日し、戦後の日本のゲルマニスティクを回顧する企画で講演しました。以下、日本の独文学界への積年の貢献とその人柄を紹介しましょう。1928年2月24日、北ドイツのレンツブルクで生まれた先生は戦後、ハイデルベルク大学でゲルマニスティクを学び、1952年に„Josef Hofmiller als Kritiker und Essayist“の題で博士号をとりましたが、当時、ゲルマニスティクが芸術作品を相手にする学問である、という意識もない教授たちに対して不満があり、ロマニスティクや比較文学研究へと関心を広げました。同時に、外国へ出たいという気持と遠い日本への憧れが目覚めてきた中で、ドイツ滞在中であった手塚富雄東大教授に紹介され、外国人教師の職を世話されて、ヴーテノーさんが岡山大学へやってきたのは1956年でした。
1959年春には、ローベルト・シンツィンガー先生が、東大独文科の外国人教師を停年退職された機会に、後任として東京に移り、ドイツ大使館の文化担当官も併任となりました。ドイツ大使館とのこのような関係があったことは、ヴーテノーさん自身だけでなく、日本のゲルマニスティクにとっても幸運でありました。東大では哲学や比較文学への広い視野も含めた講義や演習で人気を博しましたし、しばしば各地の大学へ集中講義にも出かけました。

独文学会へのいろいろの貢献の中で、各大学のドイツ人講師と図って、文化ゼミナールを立ち上げたことが最大でした。それについては、DAADやゲーテ・インスティトゥートなどの機関、とりわけドイツ大使館の後援が役立ちました。その後、このゼミナールが本格化していったことは周知のとおりです。

1964年、十和田ゼミに派遣されてきたアルブレヒト・シェーネ教授の目に留まり、ゲッティンゲン大学で教授資格論文を書くため帰国したヴーテノーさんは1967年、„Das fremde Kunstwerk“という論文で教授資格を授与されました。その後、1969年、フランクフルト大学の教授に就任され、一般および比較文学研究を担当し、停年後も、大学で、後進の指導を続ける一方で、デンマーク、アメリカ、フランス、イタリアなどへの集中講義があり、日本からの留学生も多くヴーテノーさんの世話になりました。DAADなどの機関で、意見番も務め、蓼科の文化ゼミなど、幾度か来日されており、1999年の日韓中独のゲルマニスト会議にも講師として参加されました。日本のゲルマニスティクのあり方についてはつねに関心をもち、学会誌『ドイツ文学』にも目をとおしているほか、また、「ツァイト」、「フランクフルター・アルゲマイネ」などの書評欄を通じて、日本文学の紹介にも力を注いで来られました。

2008年4月には、先生の80歳の寿を祝ってフランクフルト大学で記念コロキウムが催されると言う知らせがちょうど届いたところです。

高辻 知義(九州産業大学)
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