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またもう一つの俘虜収容所演奏会(M.Nishimura)[J]

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学術コラム
  投稿日: 2006-12-18 18:52
西村雅樹(京都大学)
 先日公開された映画『バルトの楽園』では、第一次世界大戦中から直後にかけて徳島県の板東に設けられていた俘虜収容所が舞台となっていた。クライマックスのシーンでは、捕虜たちによってベートーヴェンの『第九交響曲』が演奏されている。この収容所で『第九』の日本初演が行われたということはよく知られている。しかしこれほど記念碑的な演奏会ではないにしても、他の収容所でも捕虜たちによる演奏会は開かれていた。その一つを紹介してみたい。
 兵庫県の姫路の近く、現在の小野市に、青野ヶ原という俘虜収容所があったそうである。この収容所のことは、西洋史専攻の友人大津留厚さんに教えてもらった。青野ヶ原俘虜収容所の特色は、ドイツ兵に加えて多くのオーストリア=ハンガリー兵を収容していたという点にある。オーストリア=ハンガリー軍との関わりで言えば、最も重要な収容所であった。
 目を通すことができたプログラムのコピーからすると、この収容所では演奏会がよく催されていたようである。その際場合によっては、音楽の演奏だけではなく、文学作品の朗読も交えられていた。いくつかのプログラムのうちから一つを選んで、私は自分なりに再構成したテープを作ってみようと思いたった。その演奏会のプログラムの一番上には、ドイツ語で「慈善演奏会」という文字が大きく記されている。その下には「青野ヶ原収容所軍楽隊」、さらには「東シベリアで苦境にある戦友のために」とある。日時は1919年3月30日の日曜日、指揮者はFr・シュテークリヒ。
 演奏曲目は以下に記す通り、全部で6曲である。
1. トマ『歌劇「レーモン」序曲』
2. ヴュータン『レヴリ』
3. グリーグ『ソルヴェイグの歌』
4. ベルリーニ『歌劇「ノルマ」序曲』
5. ヴァーグナー『巡礼の合唱(歌劇「タンホイザー」)』
6. シューベルト『軍隊行進曲第一番』
この曲目だとCDはすぐに見つけられるという見通しは甘かった。1曲目と2曲目が見つけにくい。ただし今の日本では世界中のCDが手に入る。この演奏会が催された大正時代とは隔世の感がある。東京と京都のCDショップを数軒回ると、こういう曲目であっても一通りは揃った。しかし、捕虜たちが置かれていた苦境を思うとき、CDショップ巡りとは、なんと気楽なことをしているのであろうか。
 1曲目の『レーモン序曲』はデュマの『鉄仮面』に基づいている。勇壮な出だしは、演奏会の幕開けにふさわしい。ヴュータンの『レヴリ』は元来ヴァイオリン曲である。「レヴリ」とは「夢想」を意味しているとのこと。『ソルヴェイグの歌』は、故郷に残された者が異郷にある者に思いをはせる曲として、『巡礼の合唱』は、故郷に戻ろうとする者たちが異郷にあって歌う曲として、異郷にあり続けまだ故国の土を踏めぬ者たちにとって共感できる曲として選ばれたのであろう。『軍隊行進曲』はクナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィルの録音を通して、あるいは戦前の名画『会議は踊る』の挿入曲として忘れがたい。オーストリアゆかりのこの曲が、この演奏会ではどう響いたのであろうか。興味をかきたてられる。自分なりに再構成したテープを改めて聴き直して、最も感銘を受けたのは、実は『ノルマ序曲』であった。曲の中ほどでテンポが緩やかになり、木管楽器とハープ、それに弦楽器の弱奏が続くところで、私は上昇していく感覚を覚えた。日本あるいはオーストリアというような、現実の土地や国ではなく、それらを超えた故郷へ、原故郷とでも言うべき所へと向かっていくような感覚を覚えたのである。このような感覚を味わった人たちは、当日この曲を演奏した人々の中にも、またその演奏を聴いた人々の中にもいたと思われる。
 なお、青野ヶ原俘虜収容所については、『小野市史』の別冊として『AONOGAHARA捕虜兵の世界』が発行されている。この収容所に興味をお持ちの方は、こちらを参照していただきたい。

  西村雅樹(京都大学)
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