2019年秋季研究発表会を振り返って - 嵐のあとの成城学会 (N. Tomiyama) [J]   作成日:2019/11/15
 2019年10月19日(土)・20日(日)に、成城大学で日本独文学会秋季研究発表会が開催されました。秋の学会は地方支部の担当で、9年に一度、全国各地の支部にその役目が回ってくることになっています。昨年は東海支部の担当で、開催校は名古屋大学でしたが、台風のために急遽、2日目の発表会が中止になったことは記憶に新しいところです。


 東海支部の次は関東支部ということで、成城大学が開催校となりました。9年前は千葉大学で行われましたが、そのとき私は関東支部長をしておりまして、千葉大学の皆様の尽力に心より感謝した次第です。無事に千葉学会が終了したとき、思いがけず「次は成城で……」などと口にしたのですが、その言葉が9年間も生き続けたということになります。


 「十年一昔」と言いますが、この9年の間にさまざまなことが変わりました。日本独文学会もこの春に「一般社団法人」になり、法人として最初の学会開催が成城学会ということになります。成城大学の正門に掲げられた大看板に、「一般社団法人」という文字が刻まれていることに気付かれた方も多いかと思います。


 その一方で、日本独文学会の会員数は私の記憶にある会員数と比較すると、なんと半減しております。その証拠として、私と経済学部の木下直也教授、文芸学部の山下純照教授と時田郁子准教授、そして法学部の日名淳裕准教授……成城学会を現場で担当した成城大学所属の学会員の名前を年齢順に挙げてみましたが、9年前ならこの倍の人数がいました。この9年間に、私より年上の先生方が次々と退職され、その後任の若手が入ってきたものの、実数は半減するとともに、この私が若手から一気に最年長になっていたのでした。


 2019年の成城学会開催が正式決定されたとき、この5名が初めて顔合わせをしました。成城大学はご覧のように小さな大学ですが、学部が違うとなかなか会える機会がないのです。職員食堂で「同じ釜の飯」を一緒に口にしながら、まずは成城らしく気楽に話を弾ませました。そこで問題になったのは、学会開催の日程をどうするかということでした。


 土曜日は、指定校推薦入試やAO入試が入ってくるし、そのうえ半期15回の授業回数を確保するため、土曜日に別の曜日の授業が行われることもあります。さらに、「成城学びの森」という社会人講座が土曜日に開講されていますし、2019年には仏文学会と美学会も成城大学で開催されることになっていましたから、それらの学会とのすり合わせも必要です。


 成城大学での秋の学会開催については、大学の学長と事務局長はもちちん、成城学園の理事長・常務理事・学園長に話は通していましたし、常務理事はそのとき「ありがとうございます」と意味不明の返事をされました。全国レベルの学会を成城で開催するということは、学園にとってプラスになるということなのでしょうが、どの部局にどんな依頼事項を持っていけばいいのかについて、具体的なことはどなたも教えてはくれません。


 成城大学では夏期と冬期の独検を実施していますが、このときの苦労をふと思い出してしまいました。こんな小さな大学なのに、使用願いや借用願いの提出先があれこれ入り組んでいて、何をどこに持っていけばいいのか、まるでカフカの迷宮のような世界が出現します。


 日程については、四大戦の期間しかないと最初から決めていました。四大戦というのは、旧制七年制高等学校だった学習院・武蔵・成蹊・成城の四大学が戦うスポーツ大会で、10月半ばに行われるのが恒例です。2018年は成蹊、2019年は学習院が主催校なので、成城学会のために四大戦がこの期間を空けてくれていたようなものです。


 ただ、成蹊での四大戦が終わったときに正式に2019年の開催日が決定されるということでしたが、そこは予測力を最大限に発揮して、10月19日と20日をあらかじめ確保しておきました。学会前日に独文学会の理事会が行われるとともに、会場設営や書店の展示などの準備があるので、金曜日の授業が行われない四大戦の期間は、絶妙としか言いようがありません。


 日程はそれでいいとして、具体的にどんな作業があり、それを誰にどう割り当てたらいいのか、その肝心のことについては、最年長の私にはイメージがわいてきません。ただ名古屋大学から学会開催のためのさまざまなファイルが送られてきていたので、これをUSBに入れて若手の先生方に配り、具体的な準備作業についてあらかじめ考えておいてもらいました。また、春の学会は学習院でしたから、ここからもさまざまな情報とともに、これまでの学会で引き継がれてきた物品も送られてきました。


 成城大学は小さな大学ですが、幼稚園から大学院までが同じキャンパスにあるために、いろいろ複雑なことがあります。例えば、正門前に掲げた大看板ですが、学園の管財課にまず借用を申請しなくてはならず、管財課では「インフォメーションボード」と呼んでいました。次に大学の管理課に出向いて設置についての具体的な注意を聞かされます。さらにそのあと再び管財課に出向いて、管理課に話をしたことを伝える、といささかややこしい手続が必要でした。


 3号館の教室は教務課で借用しますが、受付や書籍の展示に使用する3号館1階の学生ホールは学生課の管轄、懇親会に使用する7号館地下のラウンジは……というように、一括して借用願いが出せないのです。


 それでも、いざ具体的に準備作業が始まったときには、若手が大活躍。とくに、大看板に貼る紙の印刷、その他の看板や教室などに貼る紙の印刷、それに学会参加費や懇親会費の領収書など、思いがけずいろいろな手間がかかる雑務を、法学部の日名さんを通じて法学資料室の職員である隈本さんが一切引き受けてくださったことは、感謝の一言に尽きます。また、教室や会議室の鍵の開け閉め、それにゴミの処理などについても、住み込みの管理人さんや清掃担当の方々の好意に甘えることもありました。前日の準備から学会当日のさまざまな業務、そして学会終了後の後片付けなどは、学生にアルバイトをしてもらわなくてはなりませんが、この割り振りについても若手がきちんとこなしてくれました。


 成城学会のちょうど一週間前には、美学会と法学部のAO入試が予定されていたのですが、台風により中止となりました。去年の名古屋学会のことを思うと、雨模様の週末だったとはいえ、独文学会が無事に開催できたことは喜ばしい限りです。
9年前ならこの私が先頭に立ってやったであろうことを、若手の方々がすべてこなしてくださったのですが、それとともに、学会の企画担当理事である山本潤先生には、「成城スタッフの一員」になってくださったこと、感謝しております。来年の春の学会は東京大学の本郷だということで、山本潤先生にとってはその予行演習だったとご了解頂ければと思います。


 ただひとつ、後悔があるとすれば、参加者が予想を大きく下回ったことです。とくに懇親会は参加見込み数の半分強だったので、料理が大量に余ってしまいました。しかしその分、参加してくださった方々には十分すぎる食事の量だったでしょうし、今回は時田さんのかつての同級生がドイツビールの輸入代理店をなさっているとのことで、その方の解説を聞きながらドイツ各地のビールを楽しめたことは、成城学会に添えられた花かと思います。


富山 典彦(成城大学)