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第23回ソラク・シンポジウムに参加して (A. Fukuoka) [J]

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国際学会関連報告
  投稿日: 2018-1-30 22:57
福岡麻子(神戸大学)
 韓国独文学会のご招待により、9月15日から17日まで開催された第23回国際ソラク・シンポジウムに参加した。招待くださった韓国独文学会、派遣くださった日本独文学会に、心から感謝申し上げる。
 ソラク・シンポジウムについて初めて聞いたのは、「『蓼科』の韓国版のようなもの」ということだった。開催地の名をとって「蓼科」「蓼科ゼミ」と呼ばれる文化ゼミナールには、これまでに何度か参加したことがあった。ドイツ語圏、そして東アジアからのゲストを迎えての合宿形式のワークショップは、「勉強になる」ばかりでなく、内外の方々と知り合い、関係を広げることができるという点で、現在の自分の糧になっている。それゆえソラク・シンポジウムも非常に楽しみにしていた。

 3日間にわたって開催されるソラク・シンポジウムは、すべて講演・研究発表によって構成される(今回は全部で16本)。発表だけでなく、あらかじめ決められた共通テクストをめぐるグループディスカッションから成る蓼科ゼミとは別の濃密さがあった。今回のシンポジウムの共通テーマは „Erzählen“。シンポジウム実行委員長Ahn 教授の開会の辞、韓国独文学会会長Jeon教授のスピーチに続き、ゲスト講師 Alfred Messerli教授(チューリヒ大学)による第一講演„Alte und neue Entwicklungen in der germanistischen Erzählforschung“が行われた。„Ein Überblick“という副題の付されたこの講演は、「(物)語り」の理論の広範な「研究史」そのものを示し、シンポジウムの多様な研究発表に対するまさに「見取り図」となった。

 「多様な」と書いたが、「多様」という言葉ではいささか凡庸に過ぎる。Messerli教授の講演に続いたのは、„Erzählkunst in der Musik“で、 バッハ、クレンジャンス、ロドリーゴの楽曲分析に基づき、音楽における「(物)語り」のさまざまな構造を示す講演。 „Erzählen in der graphischen Literatur“ では、『ペーター・シュレミールの不思議な冒険』をはじめ複数作品が扱われ、イラストが„Bild-Text“ として書字テクストといかにスリリングな拮抗関係を結んでいるかを見ることができたのが面白かった。„Wie die Sprache sich (digital) erzählen lässt – Die Krise des Erzählens im Zeitalter der Datenbank“ と „Erzählen in der Kaiserchronik“ の二講演から成る分科会は、21世紀と中世の例が照らし合う極めて刺激的な時間だった。いずれの発表にも通底するのが、もう一人のゲスト講師 Sebastian Donat教授(インスブルック大学)の講演の鍵概念 „Interferenz“ であり、これを補助線として自分でもいろいろ考えてみたいと思った。

 題材が狭義の文学や書字テクストにとどまらないことそれ自体は、今日ある意味で「当然」かもしれない。そうはいってもなおそれぞれの発表は、Erzählenというテーマの射程がいかに広いものか、翻って、Erzählenという営みがいかに我々の認識や振る舞い方に食い込んでいるものか、ということを改めて意識させるものだった。また、狭義の「ゲルマニスティク」の範疇を超えた多様な題材が当たり前のように出てくる学会というのも、先端的なだけでなく、豊かであると感じた。

 第一義的な「文学」作品や「テクスト」を扱った発表もすべて興味深かった。ソラク・シンポジウム設立者メンバーのお一人、Chon Young-Ae教授の発表 „Erzählstrategie der Poesie in West und Ost“ は、ゲーテの詩を比較文学的に読み解くもので、さまざまな形象や響きを分析しつつ、それぞれの言語・文化にあらわれる「語り」の諸相を巡る、刺激的な発表だった。政治的にはデリケートなタイミングのシンポジウム開催だったが、Chon教授の発表では、異文化という視点の「異」が意味するところについて、改めて考えさせられた。

 ところで、Chon教授の発表の開始直前に、付箋を貼った原稿を渡された。訂正箇所かな、と目を落とすと、 „Darf ich Sie bitten...“ とある。要領を得ないうちに発表が開始され、改めて付箋を読み返していると、発表中のChon教授からマイクを受け取ったMesserli教授が、ゲーテの引用を「母語話者」として読み上げている、というより、歌い上げている。ここで自分への「依頼」に合点がいった。日本語の短歌を扱うため、「母語話者の発音で和歌を引用したい」とのことだったのだ。改めて該当箇所を見ると、引用されているのは『源氏物語』から空蝉の歌。知らない和歌ではないが、恥ずかしながら普段自分の接している古典の量は、あまりにも少ない。空蝉は自分にとってもある意味では「異」文化であり、ゲーテと並べての考察も新鮮だった。発表後の昼食の席でも空蝉の話題を端緒に、Chon教授とさまざまな話をすることができた。

 発表以外の時間も他の参加者たちと交流できるのは、合宿形式のワークショップの利点であり魅力である。初日のAbendprogramm(Chon教授と同じくソラク・シンポジウム設立メンバーのAhn教授によるパンソリが素晴らしかった)、二日目夕方の博物館訪問(予定されていた仏国寺見学は雨のため断念)とその後の夕食、そして毎日の朝食に発表の間の休憩時間など、さまざまな機会に歓談することができた。オフィシャルに設定されたプログラムが終了した後も、会場に残ったり場所を移したりして話が続いた。さまざまな年代の研究者が参加していたが(50名ほどの参加だったと聞く)、誰と話をしても話題は尽きない。極めて率直に考えを述べつつ、しかし同時に、相手を突き放すことのない、むしろ独特の熱さや近さを感じる話ぶりの方ばかりだった。ベテラン世代の方々が分厚くあたたかいバックグラウンドをつくっている様子、アシスタントの大学院生の皆さんの機敏な動き(機材設定の手伝いを日本語でしてくれた方もいた)に接し、あらゆる場面でGastfreundschaft という言葉を思い起こしていた。そして同世代と思しき韓国の同僚たち、特に女性研究者たちの議論や動作のきびきびとした活発さは−−−−女性がとても元気という印象を受けたが、何人かの方も「実際にそうだ」ということを仰っていた−−−−、特に大きな刺激となった。

 今回のシンポジウムでは、到着当初は知らない人ばかりだった(唯一、台湾のChie Chien教授は、蓼科にゲスト講師でいらしたときにご一緒したことがあり、嬉しい再会を果たすことができた)。しかし、三日間を過ごすうち、多くの方とやり取りすることができ、アドレスの交換をした。ひとまずは直近のアジアゲルマニスト会議を目指し、「次は北海道で会いましょう」と繰り返してシンポジウムを終えた。オーストリア文学の研究をしている自分は、出張先といえばウィーンやグラーツばかりだったが、同じ東アジア圏にある韓国のゲルマニストと話題や時間を共有すること、議論そして「おしゃべり」をすることは、日本社会の一員としてゲルマニスティクにかかわる自分にとって、不可欠なことだと強く感じた。今回持つことのできた縁は、一足飛びに共同研究等々として形にするのは難しいかもしれないが、今後時を経て、−−−−今は思いもよらないような形で−−−−結実させたいと考えている。食事の席で「初級」の手ほどきをしていただいた韓国語も、そのときまでに少しでも進歩させておきたい。

福岡 麻子(神戸大学)
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