第44回語学ゼミナールについて (M. Kang) [J]   作成日:2016/10/30
 今年の語学ゼミナールは、8月29日(月)~9月1日(木)の日程で、東京都多摩市にある多摩永山情報教育センターで開催された。台風10号の影響が心配されたが幸い天候にも恵まれ、招待講師のJörg Meibauer先生(マインツ大学)を囲んで総合テーマ「ドイツ語における語形成と語用論(Wortbildung und Pragmatik im Deutschen)」のもと、楽しく充実した時間を過ごすことができた。中国からのアジアゲストの参加が取り消しとなったのは残念なことであったが、ほぼ定員に達する39名の学会員が参加し、参加者の研究発表もここ数年の中ではおそらく最も多い(13本)、大変密度の濃いゼミナールであったと言える。今回は初めて利用する施設での開催となったため、その経緯も含め、実行委員の立場から今年の語学ゼミナールを振りかえってみたい。
 今年の語学ゼミナールの準備は、前回のゼミナールが終わった直後である昨年の9月に、研修施設を探すことから始まった。語学ゼミナールは通例、関東会場(葉山)と関西会場(京都)にて交互に開催しており、その順番からすれば今年は葉山会場での開催となる予定であった。しかし、例年利用している葉山の施設に十分な客室が確保できず、急遽新たな研修施設を探すこととなった。インターネットで調べてみると都内だけでももちろんたくさんの研修施設があったが、予算をはじめ、シングル部屋の数や研修室の設備、アクセス、周辺環境、利用条件など様々な点を考慮すると、語学ゼミナールにぴったりな施設を見つけるのは容易ではなかった。結局いくつかの候補に絞って、見積りとホームページの情報を参考に実行委員会で投票を行い、また実行委員長による施設見学を経て、今回の多摩永山情報教育センターでの語学ゼミナールが実現したのである。

 多摩永山情報教育センターは、小田急永山・京王永山駅から徒歩5分ほどの、小高い丘に位置している。夏の午後に3泊分の荷物を持って登るには少し汗ばむ道のりかもしれないが、周囲は静かな環境で、研修棟と宿泊棟が隣同士に並んでおり、真新しい建物ではないものの、館内は清潔な状態で整っていた。研修室の設備にも特に問題はなく、受付の方々にも親切に対応していただいた(但し研修棟の受付は19時で閉まるので要注意である)。食事は研修棟と宿泊棟にあるカフェテリアを主に利用したが、4日間続けて利用するには物足りないと感じた参加者も多かったかもしれない。もっとも駅周辺には色々とお店が揃っているので、散歩がてら外の飲食店を利用することも可能で、また後述する「夜の部」のための買出しにも便利な環境だった。

 さて語学ゼミナールの3泊4日間のプログラムは、招待講師による講演、参加者の研究発表、そして最終日のワークショップとディスカッションの大きく3つの部分から構成される。まず招待講師による講演は、初日の夕食後に第一講演、2日目と3日目の午前にそれぞれ第二・第三講演が行われた。第一講演では、形態語用論(Morphopragmatik)の導入から始まり、語形成のさまざまなタイプ(派生、品詞転換、混成など)の事例とともに、語形成のプロセスに語用論的要因が関与していることが示された。第二講演では、句複合語(Phrasenkomposita)について扱われた。句複合語とは、句が非主要部として含まれている複合語のことで、その形成可能性や制約に関して、統語論的観点からの議論が紹介された。また句複合語の非主要部は、決まり文句などの引用(Zitate)であることが多いが(たとえばder Wir-schaffen-das-Slogan (von Angela Merkel))、そうではないケースも常にあり得る(たとえばdas schöne Ich-bin-jetzt-in-Tokyo-und-halte-einen-Vortrag-Gefühl)ことから、語彙論的仮説の問題点が指摘された。第三講演では、第二講演の続きとして句複合語に関するいくつかの理論的アプローチが紹介され、語用論との接点が再び確認された。続いて最後の話題として、意味悪化・軽蔑的意味(pejorativ)または意味向上・ほめの意味(meliorativ)を表す複合語(Expressive Komposita)が取り上げられた(たとえばsauschlecht, saugut, Politikerarsch, Fußballgott)。語彙の豊かさを改めて感じさせる興味深いテーマで、全体を通して、語形成(形態論)においても語用論的要因が重要な役割を果たしていることが強調された。いずれの講演でも活発な質疑応答と議論が行われ、時々笑いもあり、Meibauer先生のお人柄も相まって終始和やかな雰囲気の中で進められた。2日目と3日目の午後には参加者の研究発表が行われた。発表が多かったため、2日目は夕食を挟んで21時近くまで続いた。テーマは、語形成に関連する複合動詞や動詞の名詞化などのほかにも、前置詞、心態詞、関係文、構文分析、文ムードなど実に様々で、心態詞に関する3本の発表では日本語との対照、統語論、音声学的分析と多様なアプローチが見られた。大学院生による発表も多く、発表者の方々の真剣な取り組みにはいつも頭が下がる思いであると同時に大変刺激を受ける。Meibauer先生も個々の発表に対してコメントやアドヴァイスを惜しまなかった。質疑応答の時間が足りず、狭い廊下でのカフェーパウゼの間に続きの議論が盛り上がる場面も多く見られた。最終日にはワークショップとディスカッションが行われた。午前中のワークショップは、Meibauer先生の講演内容を振り返りながら疑問点を出し合い、午後のディスカッションに向けて論点を整理する時間である。比較的自由な雰囲気で、今回は新しい試みとしてグループワーク形式で進められた。最初は少し戸惑った様子もあったが、写真には皆さんの楽しそうに議論している様子が写っていた。グループでの話し合いの結果は再び全体で検討し、最終的には大学院生参加者によっていくつかの重要な質問にまとめられた。午後のディスカッションでMeibauer先生に質問をするのは大学院生参加者の役目であった。Meibauer先生は一つ一つの質問に丁寧に回答してくださり、最後は時間切れで惜しまれながらの閉会となった。

 以上が語学ゼミナールのおおまかな流れであるが、非公式的には毎晩自由参加で行われる「情報交換会(夜の部)」も欠かすことはできない。一日の日程が終わった後も三々五々集まって、誰からということもなくビールやワインを開け、おつまみを広げ、色々な話に花を咲かせる。夜に家族がリビングに集まる光景に似ているかもしれない。他大学の教員や大学院生とも身近に交流でき、研究に関する話題に限らず、他愛のない会話の中から様々な情報交換ができる貴重な場である。今回は初めて利用する施設で、実行委員としては、この夜の部のための場所が実は心配でもあった。これまで利用してきた施設と違って、夜遅い時間まで気軽に利用できかつ飲食可能な場所がなかったからである。やむを得ず宿泊棟1階の一角にある喫煙スペースを兼ねたラウンジを利用することにしたが、ほとんどが非喫煙者のはずにもかかわらず、多くの参加者が夜遅い時間まで喫煙スペースでの夜の部を楽しんでいた。タバコのにおいが苦手な私も不思議とあまり気にならず遅くまでビールを飲んだ日もあった。

 このように全員参加型で、活発な議論と交流が行われ、第44回語学ゼミナールは盛況のうちに無事終了した。このような恵まれた環境のゼミナールに毎年のように参加させて頂けるのは大変ありがたいことである。招待講師のMeibauer先生はじめ参加者の皆様、実行委員の皆様、また日ごろお世話になっている学会関係のすべての方々にこの場を借りて改めて感謝申し上げたい。来年の語学ゼミナールは再び京都で開催の予定である。招待講師およびテーマの選定、会場の予約など、実行委員会は次回の第45回語学ゼミナールに向けてすでに動き出している。

カン ミンギョン(東北大学)

多摩永山情報教育センターと講演プログラム
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