穏やかなセンセーション--シュティフター生誕200年(K. Isozaki)[J]   作成日:2005/12/08
アーダルベルト・シュティフターの生誕200年に当たる2005年は、上部オーストリア州、チェコ、バイエルン州にまたがり、「穏やかなセンセーション」と題されたシュティフター年公式企画の枠組みで、多彩な行事が催されている。シュティフターを「語る」、「見る」、「読む」、「聴く」というセクションに分かれ、討論会、展覧会、朗読会、演奏会の他、シュティフター所縁の地を散策する遠足等も計画されている。「シュティフター・ゴルフ週間」(8月21日~8月27日)という、シュティフター文学を朗読したうえで、シュティフターの生きた時代を料理やスライドで回顧しつつ、ゴルフまで楽しむというユニークな催しもある。
「上部オーストリア州に生き、活動した作家のなかで、アーダルベルト・シュティフターほどこの土地の精神と文学に大きな影響を及ぼした作家はいないでしょう。彼の足跡は、今日なお、至るところに見られます。彼の文学は規範、模範であるばかりではなく、批判的な取り組みを喚起する基準にもなっています(……)」とは、上部オーストリア州政府首相ヨーゼフ・ピュ―リンガー氏の「穏やかなセンセーション」開催の辞である。確かにシュティフター文学は、その歴史のなかでさまざまな批判も招いてきた。そしてこの傾向は、今日おそらく、シュティフターの想定していた範囲を超える展開を見せていると言えるだろう。個々の行事に目を向けても、例えば、クルト・パルム氏の朗読会「スープ、鳩、アスパラガス。とても、とても良い」(3月12日他)では、「度を越えた飲食家」、「慢性的に負い目のある、情緒不安定な人間」としてのシュティフター像が描かれている。女流作家・パフォーマーの団体グラウエンフルッペによる「爆発物シュティフター」(9月20日)と題されたパフォーマンスでは、シュティフターの牧歌的作品世界に隠された「マグマ」がテーマになっている。

シュティフター年の行事には、日本も無関係ではなく、オーバープラーン(現ホルニ・プラーナ)の生家で催されている展示会「翻訳におけるアーダルベルト・シュティフター」(4月16日~11月30日)のなかでは、日本語の翻訳作品も紹介されている。それにしても、岩波文庫の『ドイツ文学案内』のなかで、「文学における騒々しいものを本質的には好かない日本人には、深く彼に心をひかれている人が多いだろう。きわめて地味で静かな筆致であるから、弱いと思うのは大まちがいで、これほどに男性的で力をひめた文学は稀だろうと、私は思っている」というシュティフターに対する評価を初めて目にした日のことを思うと、今日のシュティフター像は随分遠くまできてしまったと溜息が漏れる。作家が現在生きていたら、どう思うだろうか。病人扱いされたり、金銭欲や食欲が取沙汰されたり、隠れた性癖が暴かれたりするのだから、普通に考えれば、生真面目なシュティフターの機嫌を損ねることだろう。

ある研究会でシュティフターの同時代性について話したとき、ある大教授から「シュティフターといえば反時代的な作家だろう」と御叱りを受けたことがある。しかし、この言葉を受け入れることのできなかった私は、後世の人々によって設定された小さな限界にシュティフターを閉じ込め、過去の遺物に埋没させることがあってはならないと思う人間の一人なのだろう。時代とともに規範は変化する。『晩夏』のなかに、「もし稲妻の速度で全世界に情報を送ることができるとすれば、私たち自身が非常に速く、短時間のうちに地球のあらゆる場所に到達できるとすれば、そして、それと同じ速さで大きな荷物を輸送できるとすれば、どうなるのでしょう。(……)現在、小さな地方都市とその周辺は、そのままの状態で、自分たちの持っているものや知っていることだけで、隔絶した状態にいることができます。まもなく、そうしてもいられなくなり、全般的な交流のなかに引きずり込まれることになるでしょう」という記述が見られる。この予見どおりの、おそらくはシュティフターが恐れていた時代が来て、恐れていた面が明るみに出されている。他方で、シュティフター年の企画には、逆の意味においてシュティフターが予想しなかったであろう展開も見られる。例えば、「シュティフターの庭園――子どもたちが色とりどりの石を作る」(4月22日~10月26日)という催しがある。これは、上部オーストリア州全体の幼稚園や託児所に呼びかけ、子どもたちにシュティフターをテーマにした作品、とりわけ自然を題材にした作品を作ってもらい、その成果がバート・ハルの州立公園で屋外展示に付されるというものだ。教育者として、とくに初等教育の重要性を訴え続けたシュティフターの喜ぶ顔が目に浮かぶような企画である。彼自身の言うとおり、彼の生き様や作品が「辛抱強く持ちこたえた」結果であると思えてならない。

磯崎 康太郎(明治学院大学) 
日付
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2015/07/27
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