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「ファウスト展」を見て(Y.Takahashi)[J]

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学術コラム
  投稿日: 2005-11-29 23:40
高橋義人(京都大学)
 2005年4月から2006年3月までは「日本におけるドイツ年」である。このドイツ年を飾るべく、フランクフルトのゲーテ博物館からは「ファウスト展」のための秘宝の数々が日本に送られてきた。展覧会は10月1日から23日まで京都の大谷大学博物館で、また10月29日から11月14日まで東京の日本大学文理学部図書館展示ホールで開かれた。
 私はフランクフルトのゲーテ博物館にはもう10回くらい訪れたことがあるので、すでに見た展示品ばかりかと思っていたが、行ってみて驚いた。これまで見たことのない展示物が多数展示されていたからだ。東京や京都の国立博物館を何度も訪れた人ならすでに気がついているだろうが、あそこに展示されている作品は博物館所蔵作品のごく一部にすぎない。大量の作品が所蔵庫のなかに眠っていて、岸田劉生の最初の「麗子像」が東京の国立博物館にあると聞いて出かけていっても、滅多に見ることはできない。それと同じで、フランクフルトやヴァイマールやデュッセルドルフのゲーテ博物館はいずれも大量の作品や美術品や資料を所蔵しているが、実際に展示されているのはそのうちのごく一部でしかないのだ。
 大谷大学博物館にまず足を踏み入れると、ゲーテが用いたBriefhalter(書簡整理箱)が陳列されている。金色の縁飾りと金色の足がつき、中央には1775と1825と刺繍された美しい装飾品だ。しかも少しずつ高さの違う4つのポケットが組み合わされており、ゲーテはこれを使って1775から1825年までの50年間の大事な手紙を整理した。今日のわれわれはファイル・ホルダーやファイル・ボックスなどを使い慣れているが、ゲーテは彼なりに手紙を整理するために、このじつに瀟洒な整理箱を特注で作らせたものにちがいない。
 ゲーテが『ファウスト』を書く前に、いくつかの『ファウスト物語』が出版されていたことはよく知られているし、そのうちの2つは邦訳もされているが、それらの本物の原書に触れるのも今回が初めてだった。しかもそれらは新書よりは大きいものの、予想していたよりもはるかに小さいものだった。
 ゲーテの『ファウスト』第一部には、主人公がノストラダムスの神秘の書を手に取り、マクロコスモスの図を見て、地霊を呼び出すシーンがある。この書はじつはノストラダムスの本ではなく、ヴェリングという神秘思想家の書いた本であると今日では突きとめられているが、このヴェリングの『魔術的カバラと神智学の書』、しかもそのうちのマクロコスモスの図の載っている頁が陳列されているのを見たときには、胸が激しく鼓動するのを覚えた。ファウスト博士のように、この図を見て、天の上なるマクロコスモスとわが心のなかのミクロコスモスが照応しあっていると感じることができなかったのは、むろん私の不徳のいたすところではあるが。
 ゲーテが『ファウスト』を書くに当たって参考にしたものに、他にプレトーリウスの「ブロッケン山のいとなみ」がある。ゲーテは「ヴァルプルギスの夜」の場の執筆のために、ヴァイマールの図書館から魔女関係の図書を多数借り出したことがすでに知られている。そのことはAlbrecht Schöneの„Götterzeichen, Liebeszauber, Satanskult“ (München 1982) に詳しい。Schöneによれば、ゲーテが一番参考にした図は、Michael Heerの「神なきのろわれた魔術の宴」という1620年に作られた銅版画であるが、プレトーリウスの「ブロッケン山のいとなみ」はそれと並んで重要なもので、ここでまさかその本物と出会えるとは思っていなかった。画面の上方では「逞しい雄山羊」(3836行)や、それに跨った人間が空を飛んでいる。彼らは今や魔女の宴に駆けつけるところだ。画面の右手中央では一人の魔女が鍋で「魔女の秘薬」をつくっている。鍋の周りにはトカゲ等の奇妙な動物の死体があるが、この魔女はこれらの動物の死体を鍋に入れてぐつぐつ煮込む。鍋からは「火焔や渦巻く煙」(4038行)が立ち昇る。ブロッケン山と思しき山の頂上では樽の上に座った楽士が何かの楽器を奏でている。この楽器に合わせて魔女や悪魔たちは踊り狂うのだ。この楽士の下方には松明を両手に持ち(というよりも両手を松明のように燃やし)、頭に二本の角を生やし、尻尾を出したメフィストらしき悪魔の姿がある。群衆は彼に従って長蛇の列をなしている。群衆のなかにはすでに悪霊らと懇ろに睦みあっている者もいる。メフィストの手前では台座の上に雄山羊が座している。その臀部に一人の魔女が口づけしている。キリスト教徒からの非難を恐れて、ゲーテが最終的には破棄してしまった草稿では、悪魔崇拝の信者が悪魔の尻の穴に口づけする場面がある。口づけした信者はこう語っている。

この巨大な口からはいい香りがしてくるな。
天国でもこんないい匂いはしないだろう。
この出来のよい割れ目のなかに入りこんでゆきたいものだ。(補遺50)

これはまさしく、聖と性とが逆転した「神なき呪われた魔女の宴」なのである。
 『シラー・ゲーテ往復書簡集』のなかにはErasmus Francisciという人が書いた本についての話が何日かにわたって出てくる。エラスムス・フランチスキの『洗練された歴史と芸術と風俗の鏡』という本のなかに出てくる「哲学談話」を二人は話題にしている。この談話の内容が分からないと、往復書簡集のなかの二人のやりとりはよく理解できない。ところがドイツで出ているいくつかの『シラー・ゲーテ往復書簡集』のなかの注を見ても、役に立つような詳しい説明はほとんどない。今回の展覧会では『洗練された歴史と芸術と風俗の鏡』にはお目にかかれなかったものの、ゲーテの日記のなかに出てくるフランチスキの『地獄のプロテウス』(1695年)の実物が陳列されていた。この大部の本のなかに、亡霊や妖魔の伝説が多数収められていて、ゲーテはそれを「ヴァルプルギスの夜」を書くために利用したのだ。手に取って読めないことが残念だった。もっともとても分厚い書物なので、かりに手に取ったとしても、数日で読み終えられるような代物ではなかったが。
 私はゲーテを専門にしているため、わが家の書棚には、挿絵の入った『ファウスト』本が何冊かあり、『ファウスト』に画家たちが寄せた挿絵は大体知っているつもりでいた。ところが今回「ファウスト展」で、私の知らない絵が多数あるのに驚かされた。特にモーリツ・レッチュの彩色のほどこされた連作の挿絵は、稚拙な筆致とはいえ、『ファウスト』第一部のなかの有名な場面を彷彿とさせて十分なものだった。テレビや映画のなかった昔では、こうした挿絵入りの『ファウスト』はずいぶん喜ばれたにちがいない。
 『ファウスト』を上演するときにはファウスト役よりもメフィスト役のほうがはるかに大役だが、『ファウスト』の挿絵でも、ファウストよりもメフィストを描くほうがはるかに難しい。その点ではやはりドラクロワの描くメフィストが、今回の展示作品のなかでは最も生き生きとした動きに満ち、生彩を放っていた。しかしドイツ人の画家P・コルネリウスの描いた挿絵数点も、その細密画のような精緻な描写が眼を惹いた。そのなかの一枚はゲーテ自身の依頼にもとづいて描かれたもので、その巧みな表現をゲーテは一旦は称賛したものの、後にドラクロワの挿絵の試し刷りを見た後では、コルネリウスの絵を古臭いと感じずにはいられなくなってしまった。当時のドイツの画壇ではコルネリウスは相当な画家だったろうが、ドラクロワのような天才と比べられては、彼の絵が生彩を欠いていると感じられても仕方なかったであろう。天才と比較された男の悲哀である。
 早く見れば、30分で見終わることもできる展覧会だったが、私には2時間いても、まだ見足りない思いがした。おそらくこのような展覧会を見る機会は、私の生前には二度とないだろう。このエッセイを書きながら、もう一度「ファウスト展」を見たいという思いが強くしたが、その願いのもはや叶えられないのが残念でならない。

高橋義人(京都大学)
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