第1日6月1日(土)

 

シンポジウムI(14:30~17:30)  A会場

 

ドイツ文学とファシズムの影

Die deutsche Literatur unter dem Schatten des Faschismus

司会: 酒井 府、船戸満之

 

20世紀初頭のドイツは前世紀70年代のドイツ統一以来30年間の急激な資本主義的発展に由来する技術文明の発展とその人間支配による人間の孤独化と没個性化が進んだ時代であった。その様な状況が感覚的に鋭敏な若い作家や芸術家達に社会的腐敗の体験と世界の終末感をもたらし、彼等はこの様な状況からの脱出と能動的人間の復権を目指す。此の人間疎外の時代に繋るのが、第一次世界大戦・革命、そして既にその共和国成立前後にレーテや社会民主党内左派や共産党との対立を孕み、対抗勢力としての軍部や右翼の台頭を内包せざるを得ず、ナチズムの萌芽を抱え、最終的にはナチズムに繋るワイマール共和国の時代であった。その20世紀前半に目を転じる時、私達はその時代に萌芽し展開するファシズムの影を見落とす事は出来ない。それを全般的に捉える事は望蜀と言えようが、19世紀後半に生まれ、表現主義の時代を体験した作家や思想家達、更にエルンスト・グレーザーの作品のタイトルにある『1902年組』と云われる20世紀初頭に生を得た作家達やその作品を概観する事によって彼等の作品に見られるファシズムの様々な影に迫りたい。その影を見る時、第一次大戦以前の平和主義的作品と言われながら、第二次大戦後の50年代末期より新たにファシズムを反映するとも見られるに至った作品と言う意味でのファシズムの影もあり、20年代末に書かれ、世界恐慌やナチスの台頭をも射程に入れ、ファシズムの否定的影を反映し、捉え様によっては右傾化も考えられる現代のヨーロッパの状況を暗示していると言えなくもない作品もある。またナチス政権成立後、暴力的な形で顕在化の頂点に立ったユダヤ人迫害と言う影を亡命時代に書き上げた作品もあり、ファシズムとは直接的係わりのない近世のシェイクスピアの作品を翻案する事によって、ナチズムの本質を正面から扱わずに寓意的な形式でそれを剔抉したブレヒトの作品に見られるファシズムの影もある。

一方1903年生まれのユダヤ系ドイツ人アドルノはアメリカに亡命してアウシュヴィッツの殺戮を免れたが故にアウシュヴィッツの殺戮と言うナチズムの影を生涯トラウマとして背負うのである。しかしこのトラウマはアドルノだけのものではなかろう、その様な過去を過ぎ去らしめようとする動きが一方ではあり、ベルリンの壁の崩壊はその動きを垣間見せたとは言え、未だドイツ人の中にはこのトラウマが存在する。何故ならアウシュヴィッツの虐殺を免れた者も市民社会の中で生きていく限り冷酷さを必要とするからである。また同時に似たような時代を体験した当時の日本に於けるドイツ文学の受容の際に見られるファシズムの影にも触れたい。このシンポジウムで取り上げられない作家や作品に関しては今後の課題としたい。

 

1. Was hat es mit dem Vorwurf auf sich, Georg Kaisers Die Bürger von Calais zeige faschistische Gedanken?

Götz Wienold

Georg Kaisers Die Bürger von Calais galt lange als hervorragendes Beispiel expressionistischer Dramatik und pazifistischen Engagements. 1912/13 geschrieben, uraufgeführt erst 1917, wirkte es direkt in die nach und nach erstarkende Position gegen den Weltkrieg im wilhelminischen Deutschland und gegen den Krieg überhaupt. In der Weimarer Republik galt Kaiser als kritischer pazifistischer Autor, verstand sich selbst so und gehörte, als die Nazi-Faschisten in Deutschland sich die politische Macht aneigneten und die Meinungsfreiheit zerschlugen, sofort zu den verbotenen, verbrannten und verfolgten Autoren. 1938 emigrierte er in die Schweiz und starb dort 1945 kurz nach Ende des zweiten Weltkriegs. Ein von der Rechten, der autoritären Reaktion stark angegriffener, pazifistischer und antifaschistischer Autor par excellence.

1958 wurde nun in der gerade wieder Militär und Rüstung ergreifenden Bundesrepublik von Eberhard Lämmert der Vorwurf erhoben, das Stück zeige faschistische Gedanken. Lämmerts Hauptargument: Das Stück propagiere Opfergesinnung unter „Verkehrung von Mittel und Zweck“: Die Sache, für die das Opfer des Lebens gebracht wird, „wird zur bloßen Dekoration“ der „Hingabe“. Lämmerts Behauptung wirkt bis heute nach, wie ein Forschungsüberblick von Audrone B. Willike von 1995 zeigt. Sollte der vom Autor vorgetragene, von den Zeitgenossen akzeptierte Pazifismus der Bürger von Calais insgeheim tatsächlich von einem Gift erfaßt worden sein, das ins Arsenal der Kriege, Gewalt und Unterdrückung propagierenden Faschisten gehört? Grund genug, das Stück wie die These Lämmerts erneut und kritisch zu prüfen.

 

2. C.シュミット的<例外状況>から見たÖ.v.ホルヴァート、W.シュヴァープ、 E.イェリネク劇の時代照射

越部 暹

C.シュミットは《政治神学》の冒頭で、「主権者とは、例外状況に関して決定を下す者」と規定している。別の箇所では、通常なものは何も証明しないが、例外は全てを明らかにし新しい規範となりうる、とも。

Ö.v.ホルヴァートの《スラデク、黒い国防兵》(1928年)は23年のインフレ時代を背景にしているものの、20年代末の世界恐慌やナチス台頭の予兆をも射程に入れた劇作だ。ミュンヒェンのヒトラー一揆(23年)に比肩しうるキュストリーンでのブーフルッカー事件を背景に、この歴史劇には戦争とインフレしか知らぬ〈1902年生まれ〉の主人公が登場し、新聞を多読し〈自前の考え〉を過信する彼は秘密義勇軍に加わるのだが、〈自前の考え〉を許さぬ組織の中で時流に翻弄され、最後に正規軍の砲弾を受けて無意味な死を遂げる。(作者も指摘するように)この主人公は20世紀前半のヴォイツエックであって、(私の報告では)1906年生まれのW.ケッペンの《ユーゲント》の記述法をも引き合いに、通底する〈例外状況〉や〈時流〉について考えてみたい。

〈例外状況〉そのものはいつの時代にも存在しうる。ファシズムへの可能性が懸念される今日のオーストリアでも、例えば〈多数決〉で選出されたJ.ハイダーの背後には、同じ民主主義の名の下に抹殺される〈少数派〉がいる。W.シュヴァープの《低俗のエスカレーション》(93年)は一失業者の今日のヴォイツエックぶりを描く劇作であり、また(言語による)現実変革の達成し難さから言語そのものの劇作家に転身するビューヒナーを想像するE.イェリネクは、彼女の〈ハイダー・モノローグ〉劇《さようなら》(00年)では直接的告発を避け、むしろ作者と(ハイダーとの)近親性を歌い上げるようなコラージュ風の警鐘劇を書いている。

 

3. F.ブルックナーの『人種』とF.ヴォルフの『マムロック教授』  ― 二つのユダヤ人迫害劇

島谷 謙

一九三三年一月末のナチス政権成立後、二月末の国会放火事件を機に多数の作家が亡命し、幾多の亡命文学が生み出された。その中で、四月一日に起きたユダヤ人ボイコットを作品の主要なモチーフとする劇作品として、F.ブルックナーの『人種』がある。一方、同年四月七日の「職業官吏再建法」によるユダヤ人の公職追放を主要なモチーフとした劇作品として、F.ヴォルフの『マムロック教授』がある。F.ブルックナー(1891~1958)は一九二十年代のオーストリアを代表するユダヤ系の劇作家。F.ヴォルフ(1888~1953)はヴァイマル共和国時代を代表するユダヤ系の劇作家の一人。両者の作品はともに一九三三年に同じく亡命先のフランスで書き上げられた。

『人種』では非ユダヤ系医学生とユダヤ系女性との関係を軸に描かれ、『マムロック教授』ではユダヤ系外科医と非ユダヤ系同僚医師達との関係を軸に展開する。両作品ともナチス政権によるユダヤ人迫害を最初期に取り上げただけでなく、ユダヤ人迫害が招いた悲劇を正面から描き出しており、両作家の代表作と見なされている。発表ではこの両作品を対比させながら、登場人物達の人間像を探り、作品に描き出されたユダヤ人迫害の内実を考察し、時代のドキュメントとしての側面を捉える。

 

4. 寓意劇はどこまで現実に迫ることができるか―ブレヒトの『とんがり頭と まんまる頭』について

高橋宗五

 今回のシンポジウムではワイマール共和国時代にブレヒトが書いた最後の作品である『とんがり頭とまんまる頭』を取り上げる。この作品は当時の政治状況に対するブレヒトの批判的な姿勢と二十年代以降のブレヒト演劇の発展が切り結んだところで生まれた作品である。

 ブレヒトのナチ理解はマルクス主義的なものであり、反ユダヤ主義は行き詰まった資本家階級が矛盾を打開するために使った隠れ蓑にすぎないとするものである。これに対して、マルクス主義が禍して、ユダヤ人をスケープ・ゴートとするデマゴギーの恐ろしさとその非合理主義の持つ力をブレヒトは十分に認識できなかったという批判がある。しかし、最近急速に進んだ研究では、ナチのユダヤ人政策において経済の果たした役割の大きさや、ユダヤ人の大量虐殺がナチの経済・軍事政策の失敗の結果であることが明らかになりつつある。こうした研究成果をも踏まえて、ブレヒトのナチズム理解を解明したい。

 他方でこの作品は寓意劇である。ブレヒト演劇の展開の中で、1930年前後に「寓意的転換」と呼びうる変化が起きるが、この芝居は始めから寓意劇であることを目指した恐らく最初の作品であろう。ヒンデンブルクによるヒトラーの首班指名を予見し、寓意げきであるが故に1936年のデンマークにおける初演では検閲の網の目をすり抜けることができた。寓意劇はブレヒト演劇の展開の必然的な結果ではあるが、それが新たな歴史状況の中ではまた別の意味を持つ。

今回の発表では政治批判と寓意の結びついたこの作品の多面性と、ブレヒト演劇が切り拓いた新たな地平とその意味について考えてみたい。

 

シンポジウムII <ドイツ語教育部会企画>(14:30~17:30)   B会場

 

日本におけるドイツ語教育の座標軸を考える---ゴールから決めるスタートとプロセス

Überlegungen zur Positionierung des DaF-Unterrichts in der japanischen Gesellschaft ― Zielvorstellung als Ausgangspunkt

司会:杉谷眞佐子・生駒美喜

1. 外国教育のフレームワーク---日本のドイツ語教育には何が 欠けているか

平高史也

2. 日本の大学ドイツ語教育のコンテンツ---カリキュラム策定のためのマトリックス

三瓶愼一

コメンテータ: 土岐哲(大阪大学文学研究科[日本語教育学])

織田正雄(財団法人日独協会)

ディスカッサント: 高橋輝暁

ドイツ語教育部会では,1999年春季学会(上智大学)から2000年秋季学会(南山大学)までの4回にわたって「日本におけるドイツ語教育のランドスケープ」の連続シンポジウムを行い,続いてそのうちの個別問題として「外国語教授能力の多様性」(2001年秋季学会[信州大学])の問題を扱った。今回のシンポジウムでは,もう1つの重要案件である「終着点」「出口」に関する議論を深めようというものである。

近年の日本におけるドイツ語学習者の減少にはさまざまな外的な要因が考えられるが,平高はドイツ語教育そのものにも反省すべき点があるという観点から発表を行う。その際,「ゴールから決めるスタートとプロセス」という本シンポジウムの総合タイトルに即して論を進める。

外国語教育のプロセスはまず目標の設定やニーズの把握といった出口からスタートすべきであろう。そこを出発点とし,それを実現するための組織や機関のありかた,言語教育を支える科学の構築があり,そういった前提があって初めて,教員養成,カリキュラムやシラバスのデザイン,アプローチ,方法論,教材開発などが可能になる。このようにゴールから次第に具体的な内容へと降ろしてくるというトップダウンの考え方が重要なのである。

これまでの日本のドイツ語教育ではとかく大学1年生に教える初級の文法とその後に続く読本といった,いわば底辺の部分での取り組みにほとんどのエネルギーが費やされており,目標,ゴール,出口から出発するという思考がほとんどなかった。社会にどのようなドイツ語ドイツ文化能力をもった人材を送り出すのかという目的意識も,社会で求められているドイツ語能力の実態というニーズも把握することなく,単に1年間初級文法を教え,その後読本を与えるだけの教育にとどまっていたのではないだろうか(2000年秋季学会[南山大学]での相澤啓一発表も参照)。本来,政策的な視点に立った外国語教育のプロセスは,そうした目的やニーズをまず大枠として設定することから始まるべきであろう。それが決まって初めて,その目的を達成すべき組織や,言語教育を支える科学などの構築が可能になる。後者に関しては,言語教育を支える心の科学,言葉の科学,教える科学だけではなく,学びの科学,社会の科学なども当然求められよう。本発表では,さらに,教員養成,カリキュラムやシラバスのデザイン,アプローチ,方法論,教材開発といったトップダウンのプロセスを形成する個々のポイントを取り上げ,具体的な改善案を示しつつ,問題提起を行う。

これに続いて三瓶は,ドイツ語教育のカリキュラムをその目標地点から出発して策定するために,いわゆるゲルマニスティック以外のどのような周辺領域に目配りをする必要があるのかについて検討する。2001年秋季学会[信州大学]のシンポジウムでは,日本語教育学の尾崎明人氏によって,日本語教育の教員養成のためのカリキュラム総覧ともいえる原型シラバスが紹介された。ドイツ語教育においてもこのような教員養成カリキュラム総覧,および各教育現場のカリキュラムの基礎を成す項目一覧を設計することには大きな意味がある。こうした一覧を共有しながら,各現場の特殊性や個性が反映される独自カリキュラムが策定されてこそ,その教育は効果の検証も可能となり,改善のための道筋を明確化することもできるであろう。このような作業はあくまで目標と目的が明確なものとなった後に初めて開始される作業である。従って,その前提となる終着点に関する議論も十分に行いたい。

こうしたパネリストの問題提起を受け,土岐哲氏には日本の外国語教育学のなかでは最も研究教育が進んでいると考えられる日本語教育学の立場から,織田正雄氏には実社会でのドイツ語のニーズやそこで求められるドイツ語能力といった点からコメントをいただく。さらにシンポジウムに先立つ講演会で,ドイツ語とドイツ語教育についての所見を述べられた高橋輝暁氏にも議論に加わっていただき,フロアーとともに議論する十分な時間をとりたいと考えている。

 

シンポジウムIII (14:30~17:30)        C会場

 

ドイツ語の統語パラメタを求めて―多様性を生み 出す原理

Syntaktische Parameter des Deutschen - Was sind die Prinzipien, die sprachliche Varietäten determinieren?

司 会:  保阪靖人

報告者: 吉田光演,田中雅敏,稲葉治朗,野村泰幸

コメンテーター:岡本順治

 本シンポジウムは,英語・日本語などの言語とも比較しつつ,ドイツ語の多様性を生み出す統語パラメタについて考察・議論することを目標とする。

 生成文法理論は現在,MinimalistProgramという枠組みにおいて人間の脳内の言語機能の解明をめざして言語と認知機構の問題に取り組んでいる。この理論では言語は,調音・知覚体系と概念・意図体系という2つのインターフェイスにおける判読可能性への最適解をなす。ここでは生物学的計算体系としての言語の経済性が中心となり,個別言語の多様性の問題は等閑に付されたかのようにみえる。しかし,言語機能を構成する普遍特性と,その出力としての個別言語の多様性をめぐる問いが生成文法を貫く根本的問いであることに変わりはない。言語のどの部分が不変部を構成し,可変部としてのパラメタはいかなる性質をもつのか?これは,免疫学におけるGOD(=generation of diversity:多様性発現)ミステリーの問題(人間の体を構成する3万個の遺伝子の一部からいかにして100億種類の抗体が作り出されるのか?利根川進『私の脳科学講義』参照)とも相通ずる科学的問題である。

ドイツ語はどの点で普遍特性を示し,どの部分が他の言語と異なるのか?こうした問いに説明を与える原理とはいかなるものか?これが本シンポジウムのテーマである。報告ではまず,かき混ぜなど自由語順を可能にするドイツ語の統語構造に関わる語順パラメタについて議論し,次に,話題化(前域)と外置(後域)における左端と右端への統語操作を取り上げ,ドイツ語のパラメタ特性について考察する。更に,母語獲得過程で一時的に出現する非文法的表現の分析からパラメタ概念を捉えなおす。コメンテーターからのコメントも交えて,これらの分析の妥当性や,言語の認知特性の把握の問題などの概念的問題について広く議論していきたい。

 ドイツ語教育の社会的需要の低下に伴い,ドイツ語研究に対する悲観的意見も時に聞かれる。しかし,私たちは他の研究領域とも通底する科学的視点からドイツ語研究を広く新しいコンテクストに埋め込みたいと考える。これによってドイツ語研究は,一般言語研究,さらには人間の認知能力の研究へと貢献していくことができるであろう。

 

1. ドイツ語の語順に関するパラメタをめぐって

吉田光演

 Kayne(1994)のLCA(線状対応公理)以来,自然言語は指定部―主要部―補部の順序で生成されるという見方が優勢である。この見方では,すべての言語の基本語順は英語のようなSVO(主語・動詞・目的語)語順であり,ドイツ語の従属節や日本語などのSOV語順は,目的語の左方移動によってSVO語順から統語的に派生される。これによって,主要部と補部の順序関係を規定する主要部パラメタは普遍文法から取り除かれる。しかし,この一般化が本当に適切かどうかは経験的データと理論的簡潔性によって検証する必要がある。本発表では,かき混ぜ・主語の位置などを例に,ドイツ語の語順パラメタについて考察を行い,主要部パラメタを擁護し,統語構造の左枝分かれ原理について議論する。同時に,続く各報告で議論される統語パラメタについても解説し,本シンポジウムの議論のための基礎を築く。

 

2. 分離話題化構文の移動分析と基底生成分析

田中雅敏

 ドイツ語の話題化は,補文標識C(動詞第2位の動詞位置)の持つ素性に応じて,その指定部(前域)に任意の句が移動することによって派生する。それらの句の移動元と移動先の間には下接条件が働き,長距離の話題化移動を阻止してしまう(=(1a))。一方,日本語の助詞「は」によって生成される話題化はドイツ語と比べて制限が緩く,生産性がより高い(=(1b))。

1) a.*[Ticket]1 bestieg Hans den ICE, [ ohne [gültiges [ _1]]mitzunehmen ].  

b. [切符] 1は,ハンスはICEに有効な[の] 1を持たずに乗り込んだ。 

2) *有効な[の] 1を,[切符] 1は,ハンスはICEに持たずに乗り込んだ。

(1a)の非文法性の原因である「島の制約」違反が(1b)では見られない事実から,(1a)は統語的な移動操作によって派生されるのに対し,(1b)の話題要素(=「切符」)は基底生成されると仮定される。本発表では,日本語の分離話題化構文に現れる名詞化詞(Nominalisator)「の」が常に先行詞に束縛されなければならない性質(=(2))から,「の」を音形のない代名詞proの対応物であると分析し,日本語とドイツ語の(分離)話題化構文の派生メカニズムに迫る。

 

3. 生成文法理論における後域の問題

稲葉治朗

動詞句の主要部Vが右側に来るドイツ語では,目的語や修飾語などは動詞の左側が規範的位置であり,基底構造では中域に生成されるのが原則である。しかし,伝統的ドイツ語研究の成果を引き合いに出すまでもなく,定形補文・不定詞補部・関係節などは,動詞の右側すなわち後域に生じうることも,経験的事実として観察される。こうした現象は,従来の生成文法の枠組みでは,中域に基底生成された要素が表層に至るまでの派生の過程で,右方向へ移動し,構造的に高い位置に付加することによって生起すると分析されてきた。本報告では,英語における類似構文の分析を踏襲した従来の研究の問題点を指摘した上で,こうした後域への外置として捉えられてきた現象を手がかりにして生成文法理論におけるドイツ語の文構造と語順の問題を考察する。従来まで提唱されていた外置(Extraposition)という操作が妥当であるかどうか,右方移動が存在するとすれば,派生のどのレベルで生じるのか,といった点に焦点を当て,他の言語との比較も視野に入れて考察したい。

 

4. vP分析と素性照合 -言語獲得からみた有効性-

野村 泰幸

[対 象] 幼児のドイツ語は,動詞が不定形で(S)OVというパタンを示し,定形を獲得するにつれてSVOに移行する(Lexical Learning Hypothesis: Clahsen 1996) 。その過程においてこれらが混在する段階(the OptionalInfinitive Stage: Wexler 1994; 1998)の幼児ドイツ語を対象とする。例:

a. Mein Hubsaube had [+finite] Tiere din. (=My helicopter has animals in it.)

b. Ich der Fos hab'n[-finite]. (=I the Frog have)  [Andreas:2歳1か月]

[目 的] OISはどのような文法理論で説明できるか?という問題に解答[試案]を与え,言語獲得(=言語の個体発生的多様性)の観点からパラメタの概念を捉え直す。

[方 法] Chomsky1995以降のミニマリズムの分析方法による。とくに,Wexler 1998のUCC(Unique Checking Constraint)とは異なる説明方式としてvP分析(Larson 1988, Chomsky 1995)と素性の強/弱性を採用する。

[構 成]Ⅰ.データの提示,Ⅱ.UCCとその対案,Ⅲ.ドイツ語におけるvP分析,Ⅳ.素性の照合操作,Ⅴ.予測されること。 

[意 義] パラメタという概念を再検討し,さらに,試案から展開されるテーマとして,言語獲得における連続性仮説(普遍文法UG*幼児文法*成人文法)の妥当性が検証されよう。

 

口頭発表・文学1・文化・社会・ドイツ語教育(14:30~17:30)  E会場

司会: 大串紀代子、Irmtraud M.Albrecht

 

1. ニーベルンゲン伝説のメルヘン化? ― ヴィルヘルム・グリムの『ヴォルムスの薔薇園』研究について

渡邊 徳明

1836年にヴィルヘルム・グリムは、英雄叙事詩『ヴォルムスの薔薇園』(Der Rosengarten zuWorms、以下『薔薇園』)を、ニーベルンゲン伝説が空想の力によって変容し、メルヘン化したものとして位置づけ、『ニーベルンゲンの歌』との近親性を強調した。しかし、彼の死後、精密化した実証主義的テクスト研究が、両者を峻別し、20世紀にはW.グリムの『薔薇園』研究は黙殺されるに至った。このような状況に変化が生じるのは、1970年代に受容美学の考えが広まってからである。作者のオリジナリティーを強調し、テクストの閉鎖性を重要視した20世紀前半の研究と異なり、ジャンルに共通・特有な傾向や、受容者による多彩な反応、テクストの開放性などを強調する1970年代の研究によって、『薔薇園』は『ニーベルンゲンの歌』のパロディーと目され、関係が強調され、W.グリムの研究について再び言及された。本発表においては、W.グリムの『薔薇園』研究を1970年代の研究と比較して、その類似点と差異を明らかにした上、更に彼と同時代の『ニーベルンゲンの歌』研究の権威カール・ラハマンとの往復書簡などを基に、W.グリムの『薔薇園』研究の特徴を浮き彫りにしたい。

 

2.『ニーベルンゲンの歌』における「語り」― MündlichkeitとSchriftlichkeitの狭間

山本 潤

『ニーベルンゲンの歌』は口承で「語られ」てきた過去の物語を素材としており、「書かれ」た同時代の作品を原典とする宮廷文学に対し創作基盤において一線を画し、口承文芸の書記文芸の地平への受容的作品としての側面を持つ。この観点から、同作品に度々現れる口承的な「語り」のシェーマが注目される。まず、冒頭と結尾部に「語り」の場を生み出す詩節が配され、擬口承的形式のもと物語が綴られてゆくことによって、中世の書記文芸の地平に立つ作品であるにもかかわらず、『ニーベルンゲンの歌』は口承文芸世界との連続性を獲得する。また作中の登場人物たちによる「語り」を通し、メタ物語として提示される前キリスト教的異教的な要素が物語内真実として導入され、本来二律背反的である中世宮廷的要素と融和する。ここに、対象に「語り」の行われる平面における真実性を与え融和させるという「語り」の機能が明らかとなる。そして、自身が「語り」として構築されている『ニーベルンゲンの歌』は、口承文芸の書記文芸平面への導入に際し、「語り」の対象である口承文芸の世界に息づく過去からの物語を、中世という「現在」に連なる「過去」における真実として聴衆に示すという役割を果たしていると考えられる。さらに、姉妹的作品である『哀歌』においては、『ニーベルンゲンの歌』の素材となった物語の真実性に書記文芸の側からも保証を与えようとしていたことがうかがえる。

 

3. クリスマス市の機能的特性について

山川和彦

ドイツの「冬の風物詩」として定着したクリスマス市は、元来、教会の祝日に開催されていた年市が今日の形態へと発展してきたものである。ドイツで開催されるクリスマス市を調べてみると、その数は優に千を越し、大都市に限らず、周辺部のゲマインデにも展開していることがわかる。

報告者は、クリスマス市の現状を市場誌的に考察するため、横断的な予備調査を実施してきた。その結果、ドイツのクリスマス市には次の特性があることが判明した。まず、大都市部で開催されるクリスマス市は、ツーリズムを志向した祭礼市的性格を有している。ただし、商品構成や運営方法(市場規則)は必ずしも一様ではなく、そこには都市の地域特性が観察される。次に、都市周辺部のゲマインデで開催される市の一例として、ミュンヘン郡のクリスマス市を考察した。それは地域住民などによって運営されるもので、商業的というよりはむしろ住民間の親睦の場としての機能を担っており、大都市のクリスマス市とは相互補完関係にあるといえる。これらの特性は、もともと市が商取引以外に有していた娯楽・コミュニケーション機能が特化したものである。

一般に市は商業の発展とともに常設店舗へ移行する傾向にあるが、近年になって初めて開催されるクリスマス市が増加していることや、既存の市を拡大する都市があることから、クリスマス市は失いつつあった「市文化」の復活現象とも言えよう。

 

4. ゲルショム・ショーレムにおける「ゴーレムの表象」の意義について

石原竹彦

1953年、ショーレムはエラノスと呼ばれる国際会議においてゴーレムに関する講演(「ゴーレムの表象」)をおこなった。エラノス会議は主に心理学、歴史学、宗教学の研究者が集う学際的な場であり、参加者の多くはユダヤ教に関する専門的知識を持ちあわせてはいなかった。ショーレムは、このことを考慮して、ゴーレムという世に知られた形象を講演のテーマに選んだと考えられる。

ところが、実際の講演内容は聴衆の期待を裏切るものであったといえる。ショーレムは、多種多様なユダヤ教文献を引き合いに出しながら、ゴーレムの起源と19世紀に至るその発展過程とを明らかにした。それは専門的で非常に緻密な文献学的考察であったため、聴衆の多くは講演の内容を十全に理解することができなかったと推測される。

エラノス会議は、その発足以来、深層心理分析家C.G.ユングの精神的影響下に置かれていた。客観的な文献学を重んじるショーレムは、宗教学の領域におけるユング派の理論の学問的価値、特に、元型論に基づく宗教理解の有効性を疑問視していた。本発表では、宗教学の方法論を巡るユング派とショーレムとの思想上の確執に着目し、当時の歴史的文脈において理解され得る「ゴーレムの表象」の意義、つまり、実証的研究によって明らかにされたユダヤ民族の歴史を西欧の学識者たちに示すことの意義について考えてみたい。

 

5. Grammatische Grundlagen einvernehmlicher Kommunkation

Heinz Steinberg

Wo man sich darauf beschränkt, etwas sprachlich zu formulieren, ohne sich die Mühe zu machen, Einvernehmen mit dem Partner herzustellen, bleibt dem Adressaten die Mühe der Interpretation.

Bei mündlicher Kommunikation bietet die deutsche Sprache besonders viele Mittel, sich des Gelingens der Verständigung immer wieder zu vergewissern. Der Rahmenbau dient dazu in dreierlei Weise und doppelter Funktion, denn er provoziert einerseits vorgreifendes Verstehen, dessen Bestätigung befriedigt und dessen Korrektur Anlaß zu Selbstkorrektur und intensiverer Hinwendung gibt, und befestigt anderseits das Selbst-vertrauen des Partners durch die soziale Anerkennung, die die unbewußt empfundene Höflichkeit anzeigt, mit der die Informationen dargeboten werden, und zwar sowohl bei der Einbettung von Qualifikationen zwischen Artikel und Substantiv und bei den pronominalen Hinweisen auf die Valenz des Verbs als auch bei der Einklammerung von Nebensätzen mit Konjunktion oder Relativpronomen und Verb und drittens im Bogen, den man im Deutschen von der 2. Position im Satz zum zweiten Verbteil schlägt.

Im Japanischen verwendet man andere Mittel, um Einvernehmen herzustellen und zu bestätigen, indem man Vermutungen provoziert, aber dabei bleibt oft unklar, ob die Vermutungen tatsächlich zutreffen. Insofern ist die Beschäftigung mit den Besonder- heiten der deutschen Sprache für japanische Studenten von besonderem Reiz, und vielleicht könnte man noch mehr tun, um diesen Reiz den Studenten auch bewußt zu machen.

 

6. Hegels Ende der Literatur

Rainer Habermeier

Ⅰ  Warum nochmals die in den Siebzigern umlaufenden Behauptugen vom Ende der Literatur? Säkulare Kultureschatologien als Krisen- und Epochenbewusstsein derModernität. Deren “Sinnkrise” und “Wertewandel”.Gehlens Soziologie des spätmodernen Institutionenzerfalls in der subjektivistischenReflexionskultur; “Kristallisierung” und “Repristinationen” der Kunst.Schopenhauers Metaphysik der Kunst. Ästhetische Anschauung nur erste Stufe derErlösung. Strukturelle Parallele dazu in Hegels absolutem Geist.

Ⅱ  In Hegels Ästhetik die Poesie höchste Gattung der Künste, höchste Stufe auch in der “romantischen” und modernen Kunstform. Geschichte und Evolution der Kunst - was meint Ende der Poesie in der Geschichte, was in der Entwicklung des Geistes? Ende der “klassischen” Poesie in “Drama” , Komödie und Satire. Übergang von der antiken Poesie in die Religion des Christentums. Ende der “romantischen” Poesie in der Komik Ariosts und Cervantes', Übergang in protestantischen Glauben und die moderne Poesie. Humanität der künstlerischen Freiheit als Wesen der Moderne. Subjektiver und objektiver Humor. Goethes `Faust' “die absolute philosophische Tragödie”. Übergang von moderner Poesie in dialektische Philosophie.

Ⅲ  Ist der Fortgang der Poesie nach Goethe nur geschichtlich oder auchevolu-tionär? Hegels Idealismus des absoluten Geistes und die gesellschaftlichen Funktionen der Literatur. Die funktionale Entwicklung des subjektiven Humors. Wird die hoheLiteratur in der späten Modernität überflüssig?

 

ポスター発表(14:30~17:30)              F会場

 

● 『走れ、ローラ!』(トム・ティクヴァ、1998年)

「意志」と「混沌」、この現代的な映画に見られる伝統的思考形式について

木本伸

『走れ、ローラ!』(Lolarennt)は、近年のドイツ映画として、まれにみる世界的なヒット作となった。その成功の理由として、まず、この映画のスタイルを挙げねばならない。ジーンズに赤髪という主人公の容姿、マフィア、ホームレス、家庭内離婚など、これは世界中の大都市でそのまま通用する風景だろう。また映像技術においても、実写にアニメを取り混ぜるなど、既成概念に捉われないテクノ感覚の新しさがあった。

ところが、ドイツという特殊性を超えたかに見える一方で、この映画は、おそらく東京や北京ではありえない地域的独自性を発揮する。それは主人公ローラに体現される「意志」と恋人マニの「混沌」という組み合わせである。ローラはマニを救うために、20分間で10万マルクを手に入れようと走り出す。彼女とともに、スクリーンも休みなく流れ続けるのだが、その流れを一貫するのがローラの強力な意志である。この意志は10万マルクを決するカジノの場面では、その自己表現としてコップなどの物理的物体さえも炸裂させる。

ヨーロッパの神話的原点の一つである『創世記』によれば、世界は神の意志によって創造された。この映画にも、無秩序に働きかける意志という伝統的な枠組みの残影を見て取ることができないだろうか。

 

●日本におけるドイツ文化受容について―明治期を中心に―

中 直一

 日本においてドイツ文化がどのように受容されてきたのかという問題について、明治期を中心に基礎的な資料を提示しながら発表者の考えを述べ、意見交換・情報交換を行いたい。発表の前提として、英学・仏学に比していわゆる独逸学の開始がかなり遅れたことを確認したい。すなわち江戸時代から研究の始まっていた英学・仏学に比べると、独逸学はかなり異なる状況から出発した。第2に、このような状況が変化して独逸学が隆盛にむかうのは明治10年代であり、明治政府の文教政策がこの変化に与って力あったことを検証する。具体的には独逸学協会学校設置前後の明治政府関係者の議論を紹介する。第3に、明治初年において実際にはどのようなドイツ語教育が行われていたのかという問題について、現在残る当時の教材などから推測する。この点に関しては明治初期の英語の教授法についても参考にし、訳読中心主義の実態を再構成したい。そして第4に、一般読者にどのような翻訳作品が提供されたかという事柄に関し、とりわけ森鴎外以前の翻訳者による諸々の翻訳作品を手がかりに、「義訳」「乱訳」と揶揄された翻訳の実態を考えたい。

以上のように、この発表では日本における初期のドイツ語・ドイツ文化の受容についての研究の一端を例示し、そのことによってさまざまな分野の研究者からのご批判を仰ぎたいと思っている。

 

●「目の人」の困惑 -ゲーテ時代における光学機器をめぐって-

美留町 義雄

ゲーテ時代をメディア論の見地からとらえた場合、一般に、印刷・出版文化史の枠組みの中で論じられる機会が多い。だが、ゲーテの存命中、すでに写真撮影が成功していたことや、映写機の先駆けとなった機器が、観衆を前にさまざまなスペクタクルを繰り広げていた事実は、意外にもそれほど知られてはいない。本発表では、この時代に書物と並ぶ「ニューメディア」として関心を集めていた、これらの光学機器を紹介したい。

具体的には、自身で光学の研究に従事していたJ. W. ゲーテとの関連において、写真機や映写機のプロトタイプである暗箱(Cameraobscura)と幻灯(Laternamagica)を取り上げ、これらの機器が媒介するさまざまな世界像と、それらが人間の認識に及ぼす影響について話が進められる。その際、注目したいのは、視覚を人工的に増幅・惑乱させるこうした機器に対して、ゲーテが常に危惧の念を抱いていた点と、その一方で、彼が暗箱や幻灯を取り寄せて熱心に研究し、そのモチーフを自身の文学にも積極的に取り入れていた点である。本発表では、こうしたゲーテの態度に、メディア変革の渦中を生きた彼のジレンマと先駆的な問題意識を読み込み、その現代性にまで論及する予定である。

とは言え、メディア機器を文学研究の枠組みで論じる方法論をはじめとして、本研究にはいろいろな問題や課題も多い。今回は、「ポスター発表」という開かれた研究発表の機会を活かして、多様な視点からの批判・アドバイスをいただき、有意義な意見交換の場としたい。

 

●文字は表音文字へ向かって進化するのか? ― 「愛言者」ハーマンの文字論における文字の表意性の意義 ―

宮谷尚実

 文字は進化するという考え方がある。無文字状態から絵文字などの表意文字を経て表音文字へと直線的に発展するというのだ。その尺度ではかると、表意文字である漢字は遅れた文字体系ということになってしまう。だが現代の多文化主義的視点からみれば、そのようないわゆる「文字の進化論」は西洋中心主義的な独断にすぎない。だが、字母が単なる表音文字ではなく、ある特定の意味を含みもち、表意性をもつ ―こう考えた思想家が近代ドイツにいた。「愛言者」を自認するハーマンだ。その思想は、『あるキリスト者の聖書考察』から、言語起源論をめぐる著作、またクロップシュトックやダムによる音声中心主義的正書法改革案への批判まで一貫している。『愛言者の十字軍行』に収録された「たったひとつの字母pに関する小さな索引の試み」は、字母pをめぐる意味の広がりを示す。字母pを頭文字とした単語のリストとして、本文全体の「索引」でありながら、それらの定義集でもある。ここでpは、音声を表すだけの字母ではなく、「愛言学」すなわちPhilologieに関わる主要なキーワードを束ねてカタログ化するための表意性をもった文字なのだ。そこで、現在でも表意文字を使用する漢字文化の視点をふまえ、ハーマンの「索引」の視覚的効果も視野に入れつつ文字の表音性と表意性との関わりを検討したい。近代ヨーロッパに発する「文字の進化論」の前提をはずしたとき、ハーマンの文字論の新たな意義もみえてくるはずだ。

 

●映像におけるナチズムの美的転用

飯田道子

ヒトラーとナチズムは、ナチス時代が終わってからも映像媒体の中でくり返し扱われて来た。ナチズムを美的に表現した初期の例であるビスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』(1969)では、ナチズムの倒錯的な部分がクローズアップされた。倒錯とは最も離れたところにあったはずのナチスが、今日の映像では倒錯の代名詞のように受け止められることが多いのは逆説的な現象である。

 90年代にはナチズムの美的表現に変容が見られるようになる。例えば『リチャード三世』(1995)では、シェクスピアの古典の舞台を第二次大戦時のロンドンに移し、リチャードにはヒトラーを思わせる人物像が用いられた。ヒトラーとナチズムのイメージを最大限に利用し、美的転用に成功している。ヒトラーはそこでは「わかりやすい悪」として機能している。

 ミシェル・トゥルニエの小説の映画化であるシュレーンドルフの『魔王』(1996)においては、ナチスは「魅力的なもの」として描かれ、ナチズムや戦争は神話化されて非現実的なものとなっている。ソクーロフの『モレク神』(1999)でのヒトラーは、疲れた、弱気な男である。これらの作品は、ヒトラーとナチスをめぐる表象が新たな段階に入ったことを窺わせる。直接体験としてナチズムを知らない人間にとって、映像体験が自らのナチズムのイメージ形成に与える影響は大きい。受け手の積極的な態度決定が要求されている。

 

口頭発表・語学(14:30~17:30)   G会場

 

1. „Sprachvariation des Deutschen in sprachvergleichender Sicht“

Gabriela Schmidt

„Sprachvariation“ wird in den Studien zur deutschen Sprache überwiegend als dialektale Varianten (geographische Sprechweisen), als soziolektale Varianten (gruppenspezifische Sprechweisen) oder als sprachstilistische Varianten (individuelle Sprechweisen) untersucht. Die neuhochdeutsche Standardsprache bietet jedoch auch eine reiche Variation von bedeutungsidentischen (-ähnlichen) Ausdrücken auf einer einfachen, allgemeinsprachlichen Ebene, die hier zunächst als „usuelle, korrelierende Varianten“ bezeichnet werden sollen. Diese „korrelierenden Varianten“ gehören zum „usuellen“ Standard-Repertoire eines Muttersprachlers, sind aber im Rahmen des Fremdsprachenerwerbs nicht ohne Tücken. Sie sind in den einschlägigen Grammatiken nicht als solche gekennzeichnet und wurden meines Wissens bisher in den linguistischen Studien auch nicht ausreichend beschrieben, anders als die Redewendungen (Idiomen, Phraseologismen), von denen sie jedoch abzugrenzen sind. „Sprachvariation“ ist ein sehr weitreichender Begriff, der nicht nur die Synonymie einzelner Wörter betrifft, sondern letztlich das ganze System einer Sprache umfasst. Zunächst sollen die hier als „usuelle, korrelierende Varianten“ bezeichneten sprachlichen Ausdrücke der deutschen Sprache beschrieben und abgegrenzt werden. Die kontrastive Untersuchung dient dabei einer deutlicheren Kennzeichnung der Relevanz des vorliegenden Themas.

Beispiel: Ich habe Hunger. (Nomen + haben) vs. Ich bin hungrig. (Adjektiv/Adverb + sein); in der Übersetzung Englisch „I am hungry“ (Adverb + to be), Französisch „J'ai faim“ (Nomen + avoir) und Japanisch „onakaga suite iru“ (Phrase). Weitere Beispiele: Glück - glücklich, Mut - mutig, erkältet - Erkältung, ...

 

2. 語幹に形容詞を持つ非分離動詞の意味構造

阿部一哉

語幹に形容詞を持つ非分離動詞はほとんどのものが(1)(2)のような対象の状態変化を表す。

(1) Er versteifte das dunkle Haar mit Pomade. (他動的状態変化)

(2) Seine Liebe erkaltete auch. (自動的状態変化)

発表ではまず,これら語幹に形容詞を持つ非分離動詞の意味構造を抽出する。

次に,その意味構造を介して結び付けられる,個々の語や形態素同士のさまざまな組み合わせについて見る。具体的には,

(Ⅰ) 非分離前綴りと形容詞の選択的な組み合わせ。つまりあらゆる形容詞とあらゆる非分離前綴りが組み合わせ可能ではないということ,

(Ⅱ) 語幹に形容詞を持つ非分離動詞が他動的状態変化か,自動的状態変化か,それともその両方を表すのか,という点,

(Ⅲ) 形容詞が単独で用いられた場合と,形容詞が非分離動詞の語幹として用いられた場合とで違いが見られる,形容詞と状態(変化)の担い手の組み合わせ。例えばdie frische Milchと2種類の3格と前置詞句

 

3. 他動詞文における2種類の3格と前置詞句

時田 伊津子

本発表は、他動詞文における2種類の3格と前置詞句の間の意味機能上の相関関係を明らかにすることを目的とする。2種類の3格とは、文中域で4格に基本的に先行する3格(先行3格)と基本的に後続する3格(後続3格)である。2種類の3格の分類は基本語順だけでなく、意味的な性質にも基づいている。

この2種類の3格と前置詞句の意味機能上の相関関係を考察するために、先行研究の見解を考慮しつつ、1)指示対象の生物性、2)各項を伴う構文の文意味という視点から分析を行う。1)では、2種類の3格・前置詞句の選択と、指示対象の生物性(生物・無生物)の制限とに相互関係があるか調査する。2)では、文意味構造の観点から、2種類の3格・前置詞句の意味役割の相違を調査する。

分析・調査の結果、2種類の3格と前置詞句は「領域への到達」の含意という点で相補的であることが分かる。すなわち、2種類の3格・前置詞句の指示対象の領域に、行為によって4格指示対象や心理的・物理的影響が到達すると考え、それが含意されるか否かという点である。2種類の3格では到達が含意されるのに対し、前置詞句では含意されない。また、先行3格では到達による3格指示対象の変化が含意されるが、後続3格では含意されない。ドイツ語話者はこのような意味的相違を、表現したい事態や発話意図と照らし合わせ、先行3格・後続3格・前置詞句構文のいずれかを選択するということを述べる。

 

4.主文語順を持つweil文と文法化

吉平 隆則

現代ドイツ語の話し言葉において、(1)のような主文語順を持つweil文(以下、W2)が頻繁に観察される。(2)は副文語順を持つweil文(以下、 WE)、(3)は主文語順を持つdenn文(以下、D2)である。

  1. Ich kann dir kein Geld leihen, weil ich habe selbst nicht genug bei mir.
  2. Ich kann dir kein Geld leihen, weil ich selbst nicht genug bei mir habe.
  3. Ich kann dir kein Geld leihen, denn ich habe selbst nicht genug bei mir.

(Pasch 1997)

本発表では、3種類のコーパス(下記参照)を用いて行った、W2・WE・D2の使用状況や統語的及び韻律的特徴に関する調査結果を報告し、さらに当現象について文法化の観点からの解釈を試みる。結果は次の通りである。前者2つのコーパスからは、W2が当時(1960年代初頭から70年代初頭にかけて)主に南独・オーストリアの方言に限定されていること、さらに現在見られるほどの使用はなかったことが判明した。3めのコーパスからは、W2の使用は顕著で、WEとほぼ同じ割合で出現していることがわかった。W2とD2が極めて類似した特徴を持っていることや、D2の使用が数例しか確認されなかったことから、最近の話し言葉ではD2はW2に取ってかわられつつあると推測される。さて、このことは文法化の観点からどのように解釈されうるだろうか。ドイツ語の因由の接続詞は、ahd.の(h)wantaからmhd.のwan(ne)を経て、nhd.のweil/da/dennに発達した。Keller(1993)は、W2を語彙上の変遷として、メタファー化の事例であるとし、Günther(1996/1999)は、W2を統語上の変遷として、Degrammatikalisierung(文法化の逆行)の現象であるとした。筆者は後者の立場を取り、その根拠を南独・オーストリア方言におけるW2・WE・D2の使用状況に求めた。

―➀PFEFFER Korpus[PHONAI シリーズBand 28,29,30(1984)1961年に収録]、➁Freiburger Korpus (1966年から1972年に収録)]、➂トークショー番組からの用例を集めたもの(1996年に放送されたもの)

 

5.um zu句のメタコミュニケーション的用法の展開について

宮下博幸

ドイツ語において目的を表す表現手段の一つであるum zu句は、(1) に見られるような目的を表す用法と並んで、(2)のようなメタコミュニケーション的、もしくは挿入的と言われる用法を有している。

(1) Ich fahre mit der Strasenbahn, um Geld zu sparen.

(2) Wir sind, um die Wahrheit zu sagen, mit ihm nicht zufrieden.

(2) は (1) と異なり、次のようにおおよそwenn によって書き換えることができる。

(2') Wir sind, wenn wir die Wahrheit sagen, mit ihm nicht zufrieden.

(2) の用法は歴史的に見て (1)の用法から展開したものと考えられる。しかしwennによる書き換えが可能なことで明らかなように、二つの用法の間には比較的大きな認知的隔たりがあるように見える。このような展開はどのようにして起こったのであろうか。本発表では、(2)の用法への展開に関する仮説を、まず共時的なデータを用いて提示する。そこでは前域がこの展開に大きな役割を果たしていることが示唆される。さらに歴史的データをも考慮し、この仮説の裏付けを試みる予定である。

 

6.「あいづち」の日独比較 ―実験的観察法による談話分析の一例―

白井宏美

 報告者は、ドイツ人同士が話しているのを見て、日本人同士に比べて、聞き手があまりあいづちを打っていないという印象を持っていた。また、知人のドイツ人に「あいづち」について説明しようとした時、その説明が非常に困難であることに気づいた。ドイツ語には、一般名称としての「あいづち」という単語はなく、その一般概念もないからである。そこで、「あいづち」を含む聞き手行動について観察すれば、「あいづち」の位置付けができ、日独の聞き手行動の特徴をみることができると考えた。

 方法として、比較に耐えうるデータを収集する目的で、観察対象すなわち話し手と聞き手の二者をとりまく状況をある程度統制する「実験的観察法」を採用した。この観察法により、ドイツ語談話と日本語談話とをそれぞれ収録し、それぞれの聞き手行動を比較した。

その結果、日独の聞き手行動の特徴をいくつか見出すことができた。例えば、日本語談話データで聞き手側に見られる、「先取り」、「引き取り」、「言い換え」などの発話が「あいづち」として機能しているのに対して、ドイツ語談話データにおいてはこのような発話そのものが少なく、これに代わって、表情や手の動きなどが、聞き手としての役割を果たす重要な要素となっていることなどである。報告においては、このような観察と分析の結果を、実際に映像も使いながら解説したい。

 

第2日 6月2日(日)

 

シンポジウムIV (10:00~13:00)      A会場

 

レトリックと慣用語法対照研究の諸問題 -ドイツ語教育の視点から-

Probleme der Rhetorik und Phraseologie im Hinblick auf Deutschunterricht

司会者:柿沼義孝、下川浩

最近の言語研究に、レトリックと慣用語法を扱ったものがある。例えば、Dietz,H.-U.(1999): Rhetorik in der Phraseologie。今回のシンポジウムのテーマの由来がこの文献にあるわけではないが、ひとつの契機となっていることは否めない。レトリックの研究は19世紀に一時凋落したものの、20世紀においてニュー・クリティシズムの思潮とともにその研究は活発になり、最近ではレトリック辞典Ueding,G.(1992~): Historische Wörtebuch der Rhetorik の刊行に見られるばかりでなく、数多くの研究書および関連文献が発表されている。その中には言語学からのアプローチも少なくない。例えば、Lakoff,G./Johnson,M.(1980): Metapher we live by. 一方、慣用語法の研究では、Burger,H.u.a.(1980): Handbuch der Phraseologie に見られるような研究に加え、Burgerを会長とする慣用語法学会の設立(1999)に象徴されるように、この方面の研究者の増大が研究の広がりと深化を見せている。こうした研究状況を踏まえて、今現在この国のゲルマニストとして、レトリックや慣用語法の研究にどのような貢献ができるか、またドイツ語教育に携わる者として、これらの研究をどのようにドイツ語教育の実践に取り込み、学習効果をあげることができるかを問う必要がある。その意味で、4人の報告者に慣用語法研究の分野とレトリック研究(特にメタファー)の立場から報告・討論をしていただき、研究と教育にいかなる貢献ができるかを考える。レトリックと慣用語法の例を教材の中から取り出し、これをどのような角度から取り扱うかなどの具体的な説明がなされるはずである。言語研究の理論と実践をレトリックと慣用語法に限定しただけでもさまざまな問題が生じると思われる。発表者間やフロアからの積極的な議論を期待したい。

 

1.慣用句対照研究とコミュニケーション

伊藤 眞

慣用句対照研究は、慣用句論の中でも最近、特に関心の持たれている研究テーマである。その目標は、異なる言語の慣用句に認められる普遍的および個別的特徴を明らかにすることである。異なる言語の慣用句を比較対照する場合、一般に、(1)慣用句の構成要素として用いられている語彙、(2)慣用句の統語構造、(3)慣用句の表す意味分野という3つのレベルにおいて比較・分析が行われる。(1)では、慣用句の構成要素が慣用句の表す意味の中で、どのような比喩的意味機能を担っているのかが問題となる。(2)では、例えば日独語という言語類型論的に大きく異なる言語の慣用句を比較する場合には、表面的な文法構造レベルにおいて両言語の慣用句の構造を比較するよりも、慣用句の意味を成り立たせている具象性のレベルで比較することが効果的である。(3)では特定の意味を表す慣用句が、それぞれの言語の慣用句において、どのような語彙的・構造的特徴を示しているかが分析対象となる。さらに慣用句対照研究により得られた結果は、母語以外の慣用句を学習する際にも援用ができる。例えば日独両言語の慣用句の類似性に着目し、それに基づきドイツ語慣用句を習得するという方法がある。ところで外国語の慣用句を学習する際には、語彙、統語構造、意味だけではなく、語用論的制約についても考慮する必要がある。日独慣用句の中には、語彙、統語構造、意味レベルにおいては類似性が認められるが、実際の用い方にはさまざまな違いが認められる場合があり、このような情報は、慣用句を用いたコミュニケーションを正しく行う際に、非常に重要な情報といえるのである。本発表ではこれらの点について具体的に説明したい。

 

2.DaFの視点から見たイディオムの特性「具象性」

植田康成(広島大学)

 イディオム表現の特徴の一つである「具象性」(Bildhaftigkeit)とは、多くのイディオム表現は比喩的表現であり、様々な領域に由来している具体的イメージを伴っているということである。

 ドイツ語の"den Gürtel engerschnallen"(経済的に切りつめて生活する)というイディオム表現は、「ベルトをきつく締める」という文字通りの意味をもつ。その意味から多くの日本語母語話者が思い至るのは、「褌を締めて掛かる」というイディオム表現であろう。しかし、上のドイツ語のイディオム表現は、「一時的に空腹をしのぐためにベルトをきつく締める」ということに由来している。対応する日本語のイディオム表現は、「財布の紐を締める」ということになる。"Gürtel"(ベルト)という語から「財布の紐」に思い至ることはそう簡単ではない。言語によって、イディオム表現の持つイメージあるいは比喩が異なっている場合が多いという事実が、イディオム表現の理解と学習を困難にしている一因でもあろう。

 本報告では、まず、レーリヒ(Röhrich 1969)とシュトルツェ(Stolze1999)の論文を手がかりにして、特定のイディオム表現と、それを踏まえて描かれたカリカチュアの関係、つまりイディオム表現が持つ具象性について考える。そして、より効果的なドイツ語イディオム学習・教授法を目指して、そのような具象性に富んだイディオム表現を踏まえて描かれた政治的カリカチュアを素材とする授業に関する提案を行う。

 

3.コミュニケーションの修辞的手段としてのメタファー

最上 英明

コミュニケーションを円滑に進める上で,メタファーを代表とする様々な転義的表現が用いられる。その中でも,ある事柄を別の概念によってわかりやすく説明しようとするメタファーは,近年,もっとも注目を浴びたレトリックの研究分野である。

本報告では、味覚形容詞を取り上げ,味覚形容詞が本来の味覚表現の他に心理表現などにも転用して用いられる現象を分析し,コミュニケーションにおけるメタファーの役割について検討する。

Mannheimer Korpusなどで確認しても,süß, bitter, sauerなどの形容詞の用例には,味覚とは無関係の用法が数多く見受けられる。süßに関しては,Mutter, Kindなどから,Klangのような共感覚的なもの,Erinnerungのような名詞にまで幅広く用いられる。bitterはEndeやErfahrungとの結びつきが多く見られる。味覚形容詞で味覚以外の用法がないのはsalzigぐらいであるが,Salzから派生した動詞としてversalzenがあり,die Suppe versalzenのような慣用句表現が存在する。eine bittere Pilleversüßenのような表現もある。

こうした慣用句の実際の用例も分析しながら,味覚形容詞の転義的用法を,ドイツ語学習者への興味も喚起しうるような視点から考察したいと考えている。

 

4. ドイツ語教育における日独慣用語法対照研究

渡辺 学

報告者は,大学の授業の一環として「日本語とドイツ語の慣用表現」をメイン・テーマとした科目を展開してきた。過去3年(3学期)間にわたる授業では,ドイツ語の語彙力の増強に加えて,言語文化の精髄ともいえる「慣用語法」の学習・分析を通じた問題処理能力の向上を目指し,「言語普遍」の問題への意識を高め,対照言語学の方法に親しんでもらうため,「慣用語法」のいわば基礎語彙をなすと思われる「身体部位の慣用表現」および「動物にまつわる慣用表現」をサブ・テーマに設定した。授業は受講者による研究発表とそれをめぐる討論を中心に展開し,個々の発表題目はサブ・テーマに限定されないものとした。
 本報告では,いくつかの発表資料を例示しながら,個々の学生が授業時の研究発表に取り上げた具体的で多岐にわたるテーマ,そのアプローチや資料収集・分析法を概観するとともに,「(受講者)サイドからみた」ドイツ語慣用語法への問題提起の具体相(慣用句の定義,慣用句とことわざの境界画定,名称論的・意義論的アプローチなど)を浮き彫りにしたい。本報告は,ドイツ語教育やドイツ語教授法との関わりからは,教授者と受講者のあいだの教授目標・学習目標の共通点とずれがどこにあるかという問いに対する事例研究として,場合によっては,「慣用語法」をドイツ語授業にどのように取り込みうるか,という問いへの暫定的答えとして位置づけることができよう。

 

シンポジウムV(10:00~13:00)  B会場

 

身体をめぐる政治 - 眼差し、技術、ディスクルス

Politisierung des Körpers: Blick, Technik, Diskurse

司会: 香田芳樹

精神こそが文化の源泉であり人間の人間たる証である。身体は文化以前の自然,もしくは精神を入れる牢獄に過ぎない。――そんな西欧世界に連綿たる通念を転倒しようと企てたのが,たとえばニーチェだった。そして身体の本源性を主張して一切の「背後世界」を斥けた彼の挑発は,やがて学的な裏付けを獲得していく。精神分析が無意識を発見し,自我をリビドー経済から解明しようとしたのを皮切りに,さまざまな領域で身体と精神の関係にあらたな光が投げかけられた。たとえばメディア研究の結果,人間の知覚そのものが技術メディアの発達によって深く規定され編成されてきたことが明らかになったし,大脳生理学は記憶や言語の器官的基盤を解明しつつある。

とはいえ「精神の独裁」を掘り崩すこうした流れは,かならずしも「身体の復権」を意味するものではない。自然の象形文字を読み解こうとしたロマン主義者たちの夢想は,遺伝子情報の解読という形で実現した。だがそれがもたらしたのは自然の蘇りではなく,身体の操作可能性である。人工知能の研究は精神と物質の境目を流動化させ,クローン技術は機械仕掛けならぬ有機体の複製を可能とした。人造人間はもはや魅惑と戦慄を伴った美的な夢想ではなく,技術的現実となりつつある。

精神が文化であり,身体が自然であった時代は過ぎた。生と死,そして人間といった観念がことごとくかつての自明性を失い,再定義を求められている。だが振り返ってみるに,かつて身体は本当に自然だったのだろうか。文明化はそもそもの昔から,その都度の文化コードに従って身体を馴致することをその内容としてはいなかっただろうか。そして身体の表象は常になんらかの政治的質を帯びており,権力的ディスクルスがそれぞれの時代の身体を深く刻印し,その機能を規定してきたのではないだろうか。

本シンポジウムは以上のような観点から出発して「身体をめぐる政治」を問題化するものである。まず最初にホロコーストをめぐる議論を背景に身体をめぐる技術と政治の今日的な問題地平を明らかにした後(藤井),18世紀後半から19世紀前半に舞台を移し,あるいはジェンダー論的視角から(田邊),あるいはいわゆるロマン主義的自然論と文学の相互関係から(松村),身体と自然をめぐる近代的ディスクルスが成立する過程の中に権力の問題を浮き彫りにする。そして最後に20世紀前半の写真を素材として,機械が組織する眼差しの政治性と,さらには身体からする抵抗の可能性について思考をめぐらせてみたい。

 

1.身体・カオス・記憶 ― ボート・シュトラウス

藤井啓司

ホロコーストの記憶は戦後ドイツが抱える根本問題だったし,今日でもその事実に違いはない。とはいえ状況の変化とともに,この問題が論じられるべき枠組みも大きく変わりつつある。ドイツ統一やヨーロッパ統合といった社会変動ばかりではない。生理学の発達はさらに深い次元で議論の土台を揺さぶっている。遺伝子情報の解読,クローン技術の発達が人間なるものの観念の変更を迫るとき,それは過去をめぐるディスクルスにどのような問題を投げかけるのか。ボート・シュトラウスの『始まりの不在』はそんな問いをめぐって行われた思考実験に他ならない。

生化学的な刺激によって人間の知覚能力を飛躍的に増大させることができるとすれば,人間はカオスの中に投げ出される。肉眼では一本の線としか見えないものが,ルーペで見れば輪郭も不分明な無数の黒点へと溶解してしまうのと同様に,もし仮にその何万倍ものオーダーで認識の解像度が向上すれば,血と肉からなる人間さえが無数の粒子の偶然の結合に過ぎなくなるだろう。――そうシュトラウスは言うが,そんな生化学的近未来から見たとき,ホロコーストをめぐるこれまでの議論はどのように評価されるのか。また逆に,技術の粋を集めた強制収容所で血と肉からなる人間が灰に変えられた事実から出発するとき,シュトラウスの議論はいかなる政治性を帯びるのか。そんな問いをたてながら,身体と技術,政治の関連について問題点の素描を試みる。

 

2.みっともない男の身体 ― 男性身体美と市民男性主体の確立

田邊玲子

「視線/欲望の対象としての身体」というと、半ば自動的に女性の身体が語られることが多い。それがいかに批判的な視点に基づくものであろうと、結果的にアシンメトリックなジェンダー構造を再生産することになりかねない。さらに「視線/欲望の対象としての男性身体」が、あたかも存在してこなかったかのように振る舞われることによって、その構造はいっそう強化されることにもなる。しかし、たとえばドイツ文学の言説のなかで、果たして「対象としての男性身体」は存在しなかったのだろうか。18世紀半ば、ヴィンケルマンのギリシア芸術模倣論は、身体美に対する視線および認識の枠組みを改めて編成し直したが、周知のように、それは決して女性身体に限られるものではなかった。視線の対象、性的対象としての男性身体美を語る文学の言説もじっさいに存在した。それがなぜ、男性身体が目に見えないものとなってゆくのか。その経緯を、18世紀後半の文学作品に即して辿ってみたい。そのとき、市民的男性主体の確立という要請に連動する、欲望の異性愛化、性欲の昇華、性欲の問題化、そして、性欲の固まりとして捉えられた男の身体の醜悪化などが問題となろう。扱う作品は、ヴィーラントやハインゼなどが中心となる。

 

 3.自然・身体・権力 ― メスメリズムと文学

松村朋彦

 ヴィーンの医師フランツ・アントン・メスマー(1734-1815)がとなえた動物磁気説、いわゆるメスメリズムが、18世紀後半のヨーロッパで熱狂的に受容された背景には、電気や磁気といった自然界に通底する目に見えない力の発見があった。その意味で、メスマーの理論は元来、啓蒙主義自然科学に通じるものだったといえる。だがメスマーの磁気療法が、その弟子ピュイゼギュールを介して催眠療法へと転換してゆくにつれて、メスメリズムは物理的な領域から心理的な領域へと移行し、そこでは身体はリアルなものからイマジネールなものへと変貌する。1780年代のフランスで流行をきわめたメスメリズムが、身体と自然との調和を回復する試みとして、革命思想の媒体となったとするなら、1810年代のドイツを再び席巻するメスメリズムは、ロマン主義自然哲学と結びついて無意識と夢の世界を開示すると同時に、身体を操作し支配するための権力装置ともなりうるものだった。メスメリズムのはらむこうした問題が、1810年前後のドイツ文学においてどのように主題化されているかを、ゲーテの『親和力』、クライストの『ハイルブロンのケートヒェン』、『公子フリードリヒ・フォン・ホンブルク』、ホフマンの『磁気催眠術師』などのテクストにそくして考察してみたい。

 

4.友愛の眼差し ― アウグスト・ザンダーについて

大宮勘一郎

 アウグスト・ザンダーの写真において繰り返されるのは、「機械と人間との出会い」(ベンヤミン)という出来事である。彼の撮影した夥しい肖像写真は、写真装置が芸術作品とは別の何物かであることを我々に告げ、また同時に人間の身体が自然でも社会でもない第三のものへの志向性を潜在させていることを教えてくれる。社会的に規定され、とりわけ権力の眼差し(フーコー)に訓致された人間の知覚は、有機的で人間主義的な身体表象を産出し、それは写真装置を含めた表象技術を介して一方で拡散し広域化する。しかし他方写真という、機械と人間との接続面においては、そのような社会的視線に統合されえぬ機械的・無機的身体性とでもいうべきものもまた立ち上るのである。ザンダーの写真が相互に無関係な人物たちをカタログ的に羅列するのは、写真装置というものが社会的結合や有機的組織とは別の存在秩序を浮上させる可能性を持つことに対する、技術者としての直観ゆえのことである。撮影された人々同士においても、彼らと我々の間においても、互いの視線は決して交わることがない。まさにそれ故、彼我を隔てつつ結びつける技術としての写真は、社会と共同体の彼岸においてはじめて問われる「友愛」の原理を運ぶのである。

 

口頭発表・文学2 (10:00~12:00)  D会場

司会: 山路朝彦、山本淳

 

1. 霧、雲、そしてヴェール――ゲーテ『ファウスト』における「覆い」――

大杉 洋

 自然界を覆う霧や雲、そして登場人物の身体を覆う服装、特にヴェール。これら「覆い」のモティーフはゲーテの文学作品においてしばしば登場する。今回の発表では『ファウスト』第二部における「覆い」に関して解釈を試みる。

 霧、雲、そしてヴェールという「覆い」のモティーフ群に共通するのはそれらが半透明で、対象を隠したり守ったりすることもあれば、さらけ出すこともあるという二重性を有していることである。したがって外観(Schein)としての「覆い」が存在(Sein)に一致しているか否かということがひとつの問題となる。二重性を帯びた「覆い」は、『ファウスト』において登場するあまたのゆらめく形象に豊かなニュアンスを付与している。

 「覆い」のモティーフを解釈するにあたっては、霧や雲に関しては色彩論、形態学、あるいは気象学といったゲーテの自然科学研究における知見が有効である。ヴェールに関しては自然科学の他に、服装が有している宗教性や社会性も重要な問題となる。

 以上の観点から『ファウスト』第二部より第一幕「優雅な土地」、第三幕「アルカディア」、そして第五幕「山峡」における「覆い」のモティーフを取り上げる。そして「覆い」のモティーフが作品全体を解釈する上で有効な手がかりの一つであることを明らかにしたい。

 

2.「成長」することの困難をめぐって -J.M.R.レンツの『家庭教師』-

菅 利恵

啓蒙の時代とは、言うまでもなく教育の時代である。無垢な存在とみなされた子どもに人間の可能性が託されて、その成長のありさまに熱いまなざしがそそがれたこの時代に、文学の領域では、人格形成の過程を描く媒体として小説のジャンルに注目が集まり教養小説の開花が準備された。1774年に発表されたJ.M.R.レンツの『家庭教師』は、こうした潮流のただ中にあってあえて流れに逆らい、人間成長の理想とは相容れない世界を描き出している点で興味深い。

 本発表で試みるのは、『家庭教師』における人物像を教養小説のそれと比較することである。「成長」に向けられる期待のまなざしに何らかの形でこたえていく教養小説。その主人公と『家庭教師』のロイファーとの違いは、何よりも、様々な事件を経て自らを変化させていくときの仕方にある。言い換えれば、環境との関わり方が両者で大きく異なるのだ。環境の変化によって自分や世界についての認識を深めその内的世界を拡大させていく教養小説の主人公とは異なり、彼は、環境に応じた役割を演ずることにそのつど没頭しようとする。「成長」するかわりに「演技」を繰り返しながら生き続けるのである。こうした違いを分析しながらそこに示唆されている精神史的な転換を指摘し、また、この作品が「成長」という理念への一つの批判的な問いかけになっていることを示したい。

 

3.言語・抒情詩・レトリック――ドロステの詩の分析と解釈の試み 

永谷益朗

 本発表は、言語、抒情詩の理論、とりわけレトリックの側面からドロステの詩を特徴づける試みである。詩はジャンルの歴史的「規範」を利用して話し手が作り出した仮想的な場における特殊な伝達である。歴史的に実現され、話し手と聞き手の間で共有されてきた詩の「規範」を話し手は利用できるのみならず、話し手の表現意志と言葉の機能的・潜在的可能性に基づいて変化させることもできる。それ故それは様々な形を取ることが可能であった。ドイツ古典主義・ロマン主義において実現された「心情や体験を歌うもの」としての抒情詩はその「規範」の一つにすぎない。ここでは旧レトリックの作業過程である「発想・配列・修辞」の観点からドロステの詩を分析する。我々の認識=思考の回路には、論理の他に身体感覚があり、言葉は心身の全体的な活動としての伝達の表面に突出した部分にすぎないという。「修辞」において、テクストの単位は位置を変えられ、反復され、拡張あるいは短縮され、「向けられ」、代替される。言外の意味、感情、身振り、身体的感覚等を表すために、恐らくこういった操作が行われている。詩は身体的なるものと論理的なるものの両極の間にある言語の芸術である。本発表では、論理のみによっては把握できない身振りを捉えるために、レトリックの古典的体系が提供している道具の有効性を検証する。

 

4.ゲオルク・ビューヒナー『ダントンの死』におけるPolyperspektivismusと Figurenperspektive

真田健司

短い創作活動を戯曲という反時代的ジャンルに集中したビューヒナーは、美醜・道徳性に関する判断を留保して創造の対象に深く沈潜し、性格も世界観も相異なる人物をその内外両面より活写するという点において、天性の劇作家であった。

特に『ダントンの死』は、個と全体、自由主義と平等主義といった対立が解決の見通しをもたぬまま、その極限まで生き抜かれる思想実験の場として構想されている。中心人物(ダントン、ロベスピエール)をその矛盾と分裂において描き、かつ作者が作品外において表明している言葉さえも批判的に相対化するPolyperspektivismusが本作品の特徴である。

他方で『ダントンの死』の人物は劇行動/歴史の主体ではなく、それに衝き動かされ、押し流される客体的・受苦的存在であり、相互理解の不可能性の中で自身の内面と向き合うことを余儀なくされている。こうした人物のLeidにより喚起されるMitleidをつうじて、読み手は戯曲ジャンルの基底をなす客観的(auktorial)なパースペクティヴにFigurenperspektiveを重ね合わせる。

このように、ビューヒナーのリアリズムの根底にあるのは、一個の世界をさまざまな角度から照射する相対化・距離化の作業と、全的な感情移入をつうじて人物一人一人の「世界」を内側より造形する接近の作業の反復であり、対話的・倫理的な美学である。

 

口頭発表・文学3 (10:00~12:00)   E会場

司会: 矢羽々崇、工藤達也

 

1. 「神の眼」とバロック的眼差し ――ボートー・シュトラウスの“Das Partikular”について

大塚 直

 文学活動のごく初期の段階から、今日のグローバル化を問題視してきたシュトラウスの作品は、まず技術メディア時代の知覚の在り方を前提にしている。しかしそれらの作品には同時に神学的に寓話化されているものも多い。特に光学装置を前提とするバロックのアナモルフォーズされた眼差しは、現代社会の無意識とそこに透けて見える神話的次元をパラレルに描き出す手法として、この作家の視覚像を規定している。散文集“DasPartikular”(2000)では、こうした「バロック的眼差し」が形象化されている。名もなき男性が神を暗示させる肖像画家の前で自らの夢を物語る筋書きで、享楽的な女性ギルダとの恋愛関係が想起されてゆく。やがて「見る/見られる」表象体系のなかでの予期し得ぬ「見間違い」の次元、何気ない日常の細部に顕現する出来事の裸出性が問題となる。局所的解析光学レンズと化した「神の眼」が実存的に各個体を捉える瞬間。なぜ突如ギルダに愛され、裏切られることになったのか、答えの不在を問い詰める主人公に対し画家は、髪の毛一本一本を執拗に描き分けた不気味な絵画を生み落とす。こうして、技術メディアの進歩によって変質を蒙った人間の視覚像が、対象に美しい表象ではなく醜い真実をこそ求める様式――「恩寵の状態を断念して、単なる被造物の状態へと逆戻りすることのなかに慰めを見出そうとする試み」(ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』)――は、バロックと呼び得るのである。

 

2.演劇的に構築される〈私〉とそのリアリティ――マックス・フリッシュの『伝記――ある芝居』

五十嵐 豊

 近代の終焉に伴い,いわゆる「近代的主体としての〈私〉」というモデルが無効化されて以来,さまざまな領域において,〈私〉というものを探求の対象として設定し,その生成や変容を改めてとらえ直そうとする動きが高まりを見せた。とりわけ現代社会学を中心に展開されたこの動きは,〈私〉とは「社会的に構成されるもの(=作り出されるもの・フィクショナルなもの)」であるというパースペクティヴに立脚し,〈私〉が生み出され構築されていく過程を「演劇」とのアナロジーにおいて明らかにしていくという特徴を持つ。

 このようにして,「演劇的に構築される〈私〉」というパースペクティヴが広く共有さていく中で,スイスの劇作家マックス・フリッシュは,現代を生きる〈私〉のあり方を,実際に演劇というメディアを通じてトートロジカルに展開してみせた。中でも,1968年に初演された『伝記――ある芝居』は,芝居のリハーサルを模した形式をとることによって,〈私〉の構築にまつわる演劇性をひときわ鮮やかに浮かび上がらせている。本発表では,この作品を例にとりながら,フリッシュが描く「演劇的に構築される〈私〉」のあり方を検討していくと共に,更にはその表象可能性を問うていく。

 

3.トーマス・マン『ヨゼフとその兄弟たち』の政治性

山本佳樹

 『ヨゼフ』執筆期にあたる1926年から1943年にかけては、ファシズムの台頭から第二次世界大戦へと向かう世界史上の激動期であったと同時に、亡命やナチズムとの対決等、トーマス・マンの人生のなかでも最も波乱に富んだ時期であった。それにもかかわらず、『旧約聖書』の再話という遊戯的なスタイルのためもあって、『ヨゼフ』は時代の現実に背を向けた作品と見なされがちであった。ところが最近になって、ヴォルタース(1998)、グラーフ(1999)、ギーベル(2001)等、『ヨゼフ』と執筆期の政治状況との関係に取り組んだモノグラフィーが続けて出版され、『ヨゼフ』の政治性についての議論が俄に活気を帯びてきた観がある。

 本発表では、まず執筆年代に従って巻を追いながら、古代の神話の登場人物やその他の形象に付与されたアクチュアルな問題性や政治的含意を取りだす。次に1926年頃書かれた序曲「地獄行」と1940年に書かれて第四巻の冒頭に置かれたもうひとつの序曲「天上の諸階における序曲」を、それぞれ執筆当時のマンの同時代的文脈に引きつけて解釈し、両者の比較を試みる。最後に先行研究の成果を土台として、マンの世界観・政治観の変遷という枠組み(とりわけドイツ性とデモクラシーとの結合をめぐる問題圏)のなかで『ヨゼフ』とその変容を捉える視座を示したい。

 

4.ムージル『特性のない男』の構造分析――「齟齬」をめぐる二つの運動について

清水智裕

 ローベルト・ムージルの長編小説『特性のない男』は、人物、あるいは国家や歴史をめぐる諸状況、諸事象についての、多岐にわたる考察に満ちているが、それらの考察の叙述方法には通底する一つの構造が見出される。

 叙述対象は、それが二つ以上の構成素の組み合わせから成り立っている、という規定を語り手によって受ける。その際、この複数の構成素同士は、整合的な関係にはない、かみ合わせの悪いもの、齟齬的なものとして対照される。「可能性感覚」、「エッセイスムス」といわれる、小説自身が言及する思考態度において一貫しているのは、齟齬的なものを対象から析出しようとする、この《齟齬析出構造》である。

 齟齬への着目は、個々の思考に内在する仕組みを明らかにし、それをミクロ構造としてそれ以外の思考と連関させることに有効であるのみでなく、重要な神秘的体験である「別の状態」について考える際にも有効である。

 「別の状態」は、非両立的で齟齬的な関係にあると見うる二つの項を次々と乗り越えていき、非在の地点をたぐり寄せるような描写によって特徴づけられる。この描写に内在しているのは、《齟齬回収構造》と呼びうるものである。

 齟齬をめぐる二つの運動によって、「別の状態」と、それ以前に見られる幾多の考察とは緊密に結び付けられている。本発表は、『特性のない男』を、齟齬を軸とする構造のもとに読み直し、個人と社会をめぐる諸問題に検討を加える試みである。

 

ポスター発表 (10:00~13:00)   F会場

 

● 「それってどれも本当に怖いの?」-ドイツの恐怖小説と英国のゴシック小説の影響関係について

亀井 伸治

18世紀末から19世紀初めにかけてドイツで流行した恐怖小説は、英国のゴシック小説の影響を受けてそのジャンルを形成して行きましたが、1790年代には、英国の翻訳シーンに、この恐怖小説を含むドイツの文学作品の大量流入が始まり、今度は逆に、恐怖小説の影響がゴシック小説に新たな局面を齎すことになりました。そうして生まれた「ドイツ派」(ジャーマン・スクール)と呼ばれた作品群の最も代表的な例が、ヴァイマル留学の経験もあったM.G.ルイスの『修道士』です。この小説はその残酷描写などによってヨーロッパ中で一大センセーションを惹き起こし、ドイツでも出版の翌年(1797)には直ぐ翻訳紹介されています。恐怖小説流行の最後の時期に、それらの圧倒的な影響下に成立したE.T.A.ホフマンの長編小説『悪魔の霊薬』は、この『修道士』のプロットを換骨奪胎して作られています。ドイツから英国へのゴシック小説への影響力は、ルイスを経た『悪魔の霊薬』においてドイツへ回帰したのだと言えましょう。このようにゴシック小説と恐怖小説それぞれの展開においては、互いの作品からの影響が大きく作用しています。今回の発表では、こうした関係を概観すると共に、ドイツの恐怖小説がゴシック・ムーヴメント全体でどのように位置付けられるのかを考察いたします。

 

●都市を表象する断片としてのテクスト -20世紀前半のベルリン,プラハ,ウィーンを描くルポルタージュとフェユトン-

青木亮子

都市を表象するテクストには、様々な形式がある。特に文学において、都市は特定の作家や作品の名前と結びつくことにより、そのイメージを創り上げてきた。一方で都市とともに発展してきたジャーナリズムにおけるテクスト、ルポルタージュやフェユトンという形式は、芸術的価値が低いという見方もあり、そのテクストの非連続性からまとまった都市のイメージを想像しにくい。しかし,このような部分的、断片的なテクストこそ、最もよく都市の様相を表わしているのではないか。例えばベンヤミンの『パサージュ論』が今も多くの人を魅了するのも、ひとつにはそれが都市の様々な局面を描いた断片の集合体であるからだ。断片群という形式は、決して単一的には捉えられない都市の細部を表わすのに適しているのである。

そうした観点から,20世紀前半のウィーン、ベルリン、プラハに焦点を絞り,「小形式」(Kleine Form)といわれるルポルタージュやフェユトンにおける都市表象の有効性について考えたい。そのきっかけとして、当時のドイツ語圏を代表するルポルタージュ作家のエゴン・エルヴィン・キッシュやヨーゼフ・ロートなどのテクストが示唆に富むだろう。彼らのルポルタージュやフェユトンに描かれる対象には、都市の内部と外部両方からの観察と比較が投影されているからである。

 

●受容美学の先駆けとしてのハントケ

狩野智洋

読書を通じて自己改革し、自分の作品を通じて読者を変えたいと願っていたハントケは1966年のグルッペ47の会合及び翌年のエッセイ「象牙の塔」に於いて新写実主義を批判して、既知の思想や感情を、単純な十把一からげの現実を、無思慮に受け継いだ手法で描き、対象を示す名称を単に記し、対象をただ書き写すだけの、もはや新しいものも、独自のものも生み出せない既述不能者達だと弾劾し、また文芸批評家を、自分の旧来の方法がこの文学にはまだ使えるが故にこれを了承している、と批判し、当時の文学のカノンを否定した。一方新しい形式を持った彼の作品自体は当時、その難解さも手伝って、無理解な批評からの批判を浴びた。彼に対する批評は彼の作品そのものよりも、彼の外見やセンセーショナルな登場の仕方に集中し、作品を厳密に読んだ上で為されたものではなかった。しかし、多くの反発を生むと同時に多くの共感をも得たハントケは徐々に作家としての地歩を固めた。ハントケの1964年以降の作品や批判的な発言、エッセイ等に見られる芸術観及び彼の登場が引き起こした現象は、1967年4月ヤウスが発表した「挑発としての文学史」の根幹を成す「期待の地平」、「美的隔たり」、「文学の社会的機能」等と通底する。まさにハントケがヤウスに半歩先駆けて受容理論を体現していたと言うことができる。この作家と文学者の共通性に着目することで新たな文学研究の可能性も見えてくるかも知れない。

 

●ドイツ語教育における教材開発および使用の実際 

藁谷郁美、アンドレアス・リースラント、平高史也、木村護郎・クリストフ

外国語教育における教材開発では、教育目的やニーズ、教材の根底にある教授理念、カリキュラム、シラバス、学習者のコミュニケーションの実態などへの考察が不可欠である。その際出発点となるのは、どんな能力を、どのレベルまで到達させようとしているのかを正確に位置付け、学習目標を設定することである。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)では、学習者の1年半後の到達目標をドイツ語海外研修に参加できる程度のレベルと定め、最初の1年は学習者が自分について発表することができる能力を、続く半年ではドイツ語圏で出会う日常的な状況を切りぬけることができるドイツ語運用能力を養成することを狙いとした教材を開発した。この教材はキーセンテンス、ビデオスケッチ、パートナー学習、練習などから成っている。シラバスは、文型だけではなく、学習者にとって重要な接触場面をも軸として構成した。

本発表ではこの教材を事例として示し、完成に至るまでの開発プロセスを紹介する。また、本教材を教員全員で使用した実例を取り上げ、共通教材を用いたドイツ語教育のあり方について考察を加える。その際、ドイツ語学習をより一層効果的たらしめるには、教材、教授法、評価、授業形態、学習環境、教員間のコーディネーション、クラス運営などをいかに機能させていくかを議論し、汎用性のある共通教科書のあるべき姿を探りたい。

 

口頭発表・文学4(10:00~12:30)   G会場

司会:武井隆道、 木内基実

 

1. カフカにおける<欲動の運命> ―『判決』を範例として―

河中 正彦

カフカ文学の本質を、彼の「人格」の分析、つまり彼の心的世界の力動的構造化を通じて解明しようと試みられたことはまだない。カフカの人格を同時にヒステリー(多重人格・憑依・シャーマン性=躁)と強迫神経症(メランコリー・パラノイア性=鬱)の二重の観点から考察することは、フロイトが両神経症を、「同じ内容が、二つの神経症によって、まるで別の言語で表現されているみたいだ」と考えていたとすれば、首肯されるべきである。 カフカはヒステリー(・性への嫌悪・周囲の苦悩への同一化・不満足への欲望)の徴候を歴然と示すとともに、強迫神経症(身なりを整えるのに夢中になって待ち合わせの時間にいつも遅れる、等)の徴候も呈しており、特に前者が作家カフカの核となっている。性への嫌悪によってせき止められた性的欲動は、周囲への同一化=メタファーの形成(「隠喩は比較ではなく、同一化だ」ラカン:『精神病』)としてエロス化し、結果、エクリチュール自体がエロス化される。『判決』の解釈史を還元すれば、ロシアの友人を<作家カフカ>、ゲオルクを<市民カフカ>、ゲオルクの父を「ヘルマン・カフカ」とする自伝的解釈とロシアの友人を<エス>、ゲオルクを<自我>、父を「超自我」とする精神分析的解釈とに大別されるが、これらの同一性を証明することは、作家とは「声」以外のなにものでもなく、しかも「語るもの」としてエスの「声」であることを見抜けば、さして困難なことではない。ゲオルクは自分のメッセージを「大文字の他者」=「父」を通じて受け取るのである。

 

2.Büchner als Wegbegleiter Celans? Die poetologische Beziehung zwischen Paul Celan und Georg Büchner

Yuko MITSUISHI

Die “Meridian-Rede”, die Paul Celan(1920-1970) anlässlich der Verleihung des Georg Büchner-Preises 1960 in Darmstadt gehalten hat, gilt als Ausdruck seiner Poetologie, der im Bezug auf Büchnersche Figuren konstruiert ist. Hierzu stellt sich eine simple, doch prinzipielle Frage:

Hat Celan sich nur wegen des Büchner-Preises auf Büchnersche Figuren bezogen, oder bedeutet Büchner mehr für ihn?

Aus der biographischen Sicht lässt sich die Antwort nicht eindeutig bestimmen. Angesichts dieser Problematik gehe ich hier von der Auffassung aus, dass viele Werke Celans, wenn auch oft nur implizit, eine starke Affinität zur Poetologie und Ästhetik Büchners aufweisen. In meinem Vortrag soll dies aus der poetologischen Sicht gezeigt werden, indem zuerst die Darstellung der Ästhetik Büchners in der “Meridian-Rede” untersucht wird. Anschließend sollen zwei Gedichte im Hinblick auf die immanente Reflexion der Ästhetik Büchners untersucht werden: eines aus seinem ersten Gedichtband “Mohn und Gedächtnis”(1952), ein anderes aus dem Gedichtband “Lichtzwang”(1970). Die großen Zeitspannen zwischen den Gedichten und der Rede sollen dazu dienen, das kontinuierliche Interesse Celans an Büchner zu verdeutlichen.

 

3.異性の婚姻・異性の省察 ―パウル・ツェランの詩作における相異なる二原理の源流探求の試み

福間 具子

パウル・ツェラン(1920-70)の詩学の捉え難さは、イメージの多様な展開と、省察によるその収束という相異なる二原理が錯綜していることに由来する。本発表は、真の詩が誕生する瞬間について、最初期と円熟期それぞれに詩人が行った二つの発言の符合と背反を手掛かりに、その二原理がどのように生起したのかを初期詩篇のなかに探る。すなわち最初期の散文『エドガー・ジュネと夢の夢』(1948)では「異なるものがもっとも異なるものたちと娶されることで」奇跡的なものの閃光が誕生するとされるのに対し、円熟期の講演『子午線』(1960)では「異なりと異なりを区別すること」が詩にとって奇跡の瞬間と言われている。両者は一見正反対を向いているように見えるが、シュルレアリスムの影響下にあった前者が後者へと発展する過程で、前述の二原理の原型が形成されていったに違いない。

 シュルレアリスムから学んだ、連想に任せた言葉の自由な結合によって産みだされた異世界の多彩なヴィジョンも、そこから袂を分かつようにその恣意性の克服を目指そうとする志向性も、どちらも初期詩篇には特徴的である。ここではそれぞれを<異性の婚姻>と<異性の省察>と呼び、初期の二つの詩集『罌粟と記憶』(1952)『敷居から敷居へ』(1955)における詩語の振る舞いの中にその輪郭を定位してゆく。

 

4.媒介作用についての一視点 ―W.ベンヤミン初期言語論における「言語」の概念―

岩本 剛

『言語一般および人間の言語について』(1916)においてベンヤミンは、「言語」を「表現=伝達の原理」と規定した。この用語法に従えば、例えば「文学の言語」とは、文学という実践における表現=伝達の組織化の様態を意味することになる。表現=伝達されるべき事柄(理念的意味内容=「精神的本質」)は、特定の物質的媒介を通過することなしには、表現=伝達された事柄(現実的意味内容=「言語的本質」)へと現実化されることはない。ベンヤミンの提示する、「」としての「言語」という概念は、表現=伝達成立のダイナミクス(媒介作用による表現=伝達の屈折の様相)を根源的に問題化するものである。

この「言語」の概念に基盤に、人間の世界認識は人間と世界との表現=伝達の問題として捉え直される。先の初期言語論においてベンヤミンは、神・人間・事物世界の「言語」連関をモデルに、異なる存在論的レベルに置かれた対象間の相互的な表現=伝達の成立可能性を問題化しているが、とりわけ注目されるのは、人間の二種類の「言語」様態(楽園の「言語」と歴史の「言語」)の対比である。人間はその歴史を通じて、世界との新たな表現=伝達の可能性、すなわち「言語」の可能性を不断に模索し続けてきた。ベンヤミンの「言語」論とは、人間の歴史を世界認識のための媒介技術の変遷史=「言語」史として記述する試みである。

 

5.ヴァルター・ベンヤミンにおける身体と/のTechnik

柳橋 大輔

ベンヤミンにはまとまった〈身体〉論はほとんどみられないが、このテーマ自体はとりわけ後期著作の多くの箇所にその出現を認めうる。本発表はこの主題の機能のさまを、彼の様々なテクストをたどりつつ、特に近代のテクノロジーとの関わりにおいて、跡付ける試みである。『一方通行路』中の断章「回転礼拝器」は、身体をある技法にしたがってリズミカルに運動させることこそが内面の想像力を賦活すると説き、この運動に「神経刺激」の名を付与している。同書中に頻出する身体の双方向的で「多孔的」な機能ぶりは、主体(内面)/客体(外界)の分断克服の方途にほかならないこの「神経刺激」の結果と見做しうる。しかし同書中の断章「建て替えのため閉店中!」において身体自身が「銃弾」の形象で示される近代のテクノロジーにより決定的な分裂を余儀なくされる局面を迎えると「神経刺激」の機能は変容する。例えば『複製芸術論』のベンヤミンはこの事象を「触覚的=トラウマ的要素」と呼ばれる近代の技術的ショックによる身体の分裂の効果と捉える。テクノロジーの侵入に対して積極的に己を開き分断を受け入れた身体はより可動的になり、神経というメディアによる「集団身体」の構成を可能にするとされるのだ。この過程はしかし万人の神経を一枚の配電盤に接続する「総動員」(ユンガー)への目的論を回避しつつ、テクノロジーの他なる受容=「遊戯」として行なわれることになるだろう。